ライドシェアの合法化に反対する意見書
(ライドシェアの合法化に関する法的検討)

2016年5月9日
自 交 総 連 本 部
自交総連本部顧問弁護団
 弁護士 小賀坂 徹(馬車道法律事務所)
 弁護士 菅  俊治(東京法律事務所)
 弁護士 田辺 幸雄(江東総合法律事務所)
 弁護士 林   治(代々木総合法律事務所)

も く じ

はじめに
第1章 道路運送法等によるタクシー事業に対する法規制
第2章 ライドシェアの仕組みと問題点(違法性)
第3章 「事業者間の不公正競争と運転者の労働条件破壊を招くライドシェア
第4章 「国家戦略特区制度の問題点
第5章 国家戦略特別区域法改正案の問題点
おわりに


は じ め に

  2016年3月、安倍内閣は「国家戦略特別区域法の一部を改正する法律案」を国会に提出した。その改正案のなかには、「道路運送法の特例」として「国家戦略特別区域自家用有償観光旅客等運送事業」の実施が含まれている。この事業について政府は「ライドシェアとは全く異なるもの」と説明しているが、実態は、ライドシェア導入への道ならしとしての意味を持っているものと考えざるを得ない。
 ライドシェアは、二種免許をもたない一般ドライバーが自家用車を使って他人を輸送するもので、ドライバーと利用者を結びつけるスマートフォンのアプリを開発してシステム化した米国発祥のウーバー(Uber)やリフト(Lyft)などの企業が世界中でビジネスを展開しているものだが、わが国では道路運送法に違反する白タク行為に該当するものとして認められていない。
 ウーバー、リフトの両社は日本での事業展開を望み、2015年以降、急速に働きかけを強めている。ウーバーは2月、福岡市でライドシェアの実験を行い、国土交通省の指導で中止された。リフトは6月、楽天から3億ドルの出資を受け、楽天の三木谷浩史社長が取締役に就任した。楽天を中心企業とする新経済連盟は4月、規制改革会議にライドシェアの解禁を提案した。規制改革会議の照会に対して国土交通省が対応不可との回答をしたことから、当面は過疎地域において先行実施させることを模索し、10月の国家戦略特区諮問会議での安倍首相の「過疎地等での観光客の交通手段として、自家用自動車の活用を拡大する」との発言につながった。ウーバーの日本法人は、過疎地域を抱える地方自治体に、同社のスマホアプリシステムの活用を提案するセールスを旺盛に展開している。
 こうした動きのなかで特区法改正の中に自家用有償旅客運送の拡張が盛り込まれることとなった。すでに兵庫県養父市や京都府京丹後市はウーバーのシステムを利用して自家用車の配車を行う自家用有償旅客運送の計画を立てている。
 改正法案は、ライドシェア解禁にむけた動きの一環であることは明らかであり、ライドシェア合法化を狙う勢力は、安倍内閣の規制緩和指向を最大限活用して着々と準備を進めているといえる。
 ライドシェアは、利用者の安心・安全が担保されず、運転者の雇用・労働の劣悪化をもたらすもので、公共交通とは相容れない運送形態である。ライドシェアが合法化されれば、これまで公共交通を担ってきたタクシー事業は壊滅的な打撃を受け、タクシー労働者は仕事と生活を奪われることになる。
 本意見書は、ライドシェアの実態と危険性を明らかにし、その先駆けとして利用されようとしている国家戦略特区制度についても法的な検討を加え、問題点を摘示したものである。危険なライドシェア解禁を阻止するために、活用されることを願っている。

第1章 道路運送法等によるタクシー事業に対する法規制

 1 はじめに

 我が国のタクシーは、諸外国に比べて安心・安全に利用できるという一定の信頼を得ている。例えば、女性が深夜に一人でも比較的安心してタクシーを利用できるのも、そうした信頼に基づくものである。タクシー事業における安心・安全の確保は、乗客の生命・身体・財産の保護に直結するものであるから、何よりも優先されなければならない事項であることは当然であり、「事業の活性化」「乗客の利便性の向上」等といった理由で後退させられては決してならないものである。
 このような安心・安全に対する信頼は、以下に述べるような幾重に渡る厳密な法規制によって保たれているもので、こうした法規制がなくなってしまえば、安心と安全に対する信頼は瓦解し、タクシー事業そのものが成り立たなくなってしまうといっても決して過言ではない。

 2 厳格な基準に基づく事業許可等

 まずタクシー事業(一般旅客自動車運送事業)を行おうとするものは、国土交通大臣の許可を受けなければならず(道路運送法4条)、その事業の許可にあたっては、@当該事業の計画が輸送の安全を確保するため適切なものであること、A当該事業の遂行上適切な計画を有するものであること、B当該事業を自ら適確に遂行するに足る能力を有するもの、という厳格な基準に適合するものであることが求められている(同法6条)。そして、その事業計画は、計画の遂行に必要となる員数の運転者の確保、事業用自動車の運転者がその休憩または睡眠のために利用できる施設の整備、事業用自動車の運転者の適切な勤務時間及び乗務時間の設定等々、輸送の安全及び旅客の利便の確保のために必要な事項として国土交通省令で定めるものを遵守しなければならない(同法27条)。
 このように、タクシー事業の許可を得るためには、まず輸送の安全確保が担保された事業計画が存在し、その事業計画が輸送の安全を確保するため適切なものであり、かつ当該事業者に事業を適確に遂行する能力が必要とされているのである。そして、これに違反して無許可でタクシー事業を行った者は、3年以下の懲役、もしくは300万円以下の罰金、又はその併科という重い罰則が定められている(同法96条1号)。  また許可を得たタクシー事業者は、@その名義を他人に一般旅客自動車運送事業又は特定旅客自動車運送事業のために利用させてはならず(同法33条1項)、またA事業の貸渡しその他いかなる方法をもってするかを問わず、一般旅客自動車運送事業又は特定旅客自動車運送事業を他人にその名において経営させてはならない(同条2項)と規定し、いわゆる名義貸し行為を禁止している。これに違反した場合も、無許可営業と同様に、3年以下の懲役、もしくは300万円以下の罰金、又はその併科という重い罰則が定められている(同法96条2号)。

 3 安全な運行のための徹底した運行管理

 またタクシー事業者は、事業用自動車の運行の安全を確保するため、国土交通省令で定める営業所ごとに、運行管理者証の交付を受けている者の中から運行管理者を選任し、適切な運行管理を行うことを義務づけられている(同法23条)。運行管理者の資格についても厳密な要件を定め、その職務を誠実に行うことを要求し、また運転者その他の従業員は運行管理者の指導に従う義務のあることを定めている(同法23条の2〜5)。
 運行管理者は適切な運行管理を行うため、運転者(ドライバー)に対する対面による「点呼」を行うことが義務づけられている(旅客自動車運送事業運輸規則48条1項6号、24条)。
 タクシー事業者は、運転者(ドライバー)の過労の防止を十分考慮して「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(平成元年労働省告示第7号)に従って、勤務時間及び乗務時間を定めることとされている(同規則21条)。同時に、乗務員の健康把握に努め、疾病・疲労・飲酒その他の理由により安全な運転をすることができないおそれのある乗務員を事業用自動車に乗せてはならず(同規則21条3項)、また事業用自動車の運行の安全を確保するために日常点検の実施または確認が義務づけられている(同規則24条1項1号)。こうした事項については運行管理者が、運行の度に、運行前に乗務員に対して行う対面による「点呼」によってチェックする仕組みになっているのである。
 さらに、タクシー事業者は、主として運行する路線または営業区域の状態及びこれに対処することができる運転技術並びに法令に定める自動車運転に関する事項について適切な指導監督をしなければならず(同規則38条1項)、人身事故を起こした者や新たに雇い入れた者等については安全確保のため遵守すべき事項について特別な指導を行い、かつ国土交通大臣が認定する適正診断を受けさせなければならない(同2項)。これら規則に基づき定められた「旅客自動車運送事業者が事業用自動車の運転者に対して行う指導及び監督の指針」(国土交通省告示第1676号)は「営業区域における主な道路及び交通の状況をあらかじめ把握させるよう指導するとともに、これらの状況を踏まえ、事業用自動車を安全に運転するため留意する事項を指導する」とされ、これらの指導は「道路の状況その他の事業用自動車の運行に関する状況等に応じて日々の運行の度ごとに指導及び監督を実施すべき事項については、点呼において実施」することが定められている。

 4 運転者(ドライバー)の資格要件

 またこうしたタクシーの運転者(ドライバー)となるため、すなわち旅客運送のため自動車を運転するためには、一般の自動車運転免許では行えず、第二種運転免許が必要である(道路交通法84条、86条)。さらに、年齢、運転の経歴その他政令で定める一定の要件を備えるものでなければ運転をすることができないとされている(道路運送法25条)。

第2章 ライドシェアの仕組みと問題点(違法性)

 1 ライドシェアとは

 ライドシェアとは、既に述べたとおり、一般ドライバーが自家用車を使って有償で他人を輸送するものである。利用者がスマートフォンなどでライドシェア事業者に配車を依頼すると、そこに登録された一般ドライバーが自家用車で迎えに来て目的地まで輸送する。利用者はクレジットカードでライドシェア事業者に料金を支払い、同企業からドライバーに報酬が支払われる。  ライドシェア事業者は、運転者を仲介(マッチング)するだけで、運転者を雇用せず、自動車も保有せず、したがって必然的に自動車の運行に何の責任も負わず、運行管理も一切行わないことになる。また運転者も、第二種運転免許は必要とされず、道路運送法上の資格要件も一切不要とされる。  これは先に述べたタクシーの安心・安全のために設けられた幾重にわたる法規制のすべてを潜脱するもので、違法な「白タク」営業以外の何物でもない。

 2 ライドシェアの違法性と深刻な弊害

 そもそもライドシェア事業者や一般ドライバーは、事業許可を受けず(道路運送法4条違反)、輸送の安全を確保するための事業計画さえ存在せず(同法4条、6条、27条違反)、運転者・運転車両に対して安全確保のための運行管理も一切行わない(同法23条違反)。また運転者の資格要件に対する潜脱でもあり(道路交通法86条、道路運送法25条違反)、こうした法令違反をいちいち指摘することが虚しくなるほど明々白々な違法営業であり、法規制の「丸ごとの潜脱」である。  このような違法な「白タク」営業がまかり通ってしまえば、運転者に対する技量の点検、身元確認、労働時間管理、アルコールチェックなどは一切行われず、また車両に対する整備・点検、衛生管理なども全く行われなくなる。運転者が犯罪や事件を起こしても、利用者と運転者間の問題であって、ライドシェア事業者は一切の責任を負わない。また事故の際の対応や補償についても同様で、すべて運転者と利用者の問題として処理されることになる(マイカー用の保険で補償が行われるかについても不明確である)。  タクシーの安心・安全に対する信頼は、前述した幾重に渡る厳密な法規制によって支えられているのであり、このような法規制の「丸ごとの潜脱」を許してしまえば、交通事故、事件が多発する危険を招来し、結局、タクシーの安心・安全に対する信頼は根底から覆されてしまう。そうなれば冒頭述べた通り、タクシー事業そのものが成り立たなくなってしまうのである。  実際、ライドシェアが導入されたアメリカ、インドなどにおいては、ドライバーが乗客に対し、恐喝、強盗、性犯罪などの事件を引き起こしており、ドイツ、スペイン、フランス、アメリカ、インド、韓国、中国などで裁判所による業務停止命令が出されるなど、輸送の安全確保ができないことが実証されている(国土交通省の規制改革会議に対する回答)。

 3 インターネット上の「評価システム」は安全性の担保にならない

 これに対し、ライドシェア推進論者からはインターネット上の「評価システム」があるから、それによって悪質なドライバーや利用者は自然淘汰されるため、運行の安心・安全は確保されるとする意見が述べられている。例えば、国家戦略特別区域諮問会議有識者議員である坂村健東京大学大学院教授は、「ドライバーとお客さんの両方が事前登録していて、マッチング時にドライバーとお客さんの両方の過去の評価を見ることができます。そういうことで評判を上げておかないと運転者も客もマッチング時にパスされるので、互いに振る舞いをよくしていくというふうになっていくわけです。ネット社会がそういう信頼性の担保を規制でやらなくてもよくしています」(第19回国家戦略特別区諮問会議)と述べている。
 しかしながら、先に述べたとおり、ライドシェアの下でドライバーが乗客に対し重大な犯罪を起こす事例が報告され、各国で相次ぐ業務停止命令が出されているという現状に鑑みると、インターネット上の「評価システム」が万能であるかのような前記意見はあまりに楽観的に過ぎ、現実と乖離したものと言わなければならない。
 確かに、現在は映画・演劇、レストランなど多くの分野にわたって利用者がインターネット上で評価を下し、それを点数化することにより、新たに利用しようとするものがそれらを参考にしながら意思決定することはままみられることである。しかし、このような「評価システム」の前提となる基本情報は、個人の自己申告であって何のチェックも受けておらず、それに対する評価も全く客観性のない、完全に個人の主観のみによって行われているものである。また、評価を上げるために「やらせ」の投稿を繰り返すことも可能であるし、逆に評価を下げるために意図的な投稿を繰り返すこともできる。
 こうしたことの結果、インターネット上の評価が高くても実際に利用した場合にその評価とは異なる体験をすることが日常的に起きている。
 映画やレストランの評価が、ネット上の評価と異なったものであったとしても、それは「自己責任」の問題として諦めることはできるであろうが、運転者に対する評価は、それが犯罪や交通事故に巻き込まれる危険を伴うものである以上、到底「自己責任」では済まされない。
 実際問題として、2016年2月20日にアメリカミシガン州で銃の乱射によって6名を殺害した容疑者はウーバーのドライバーであり、この容疑者は銃撃の合間に乗客を運んでいたと疑われている。この容疑者のドライバー評価ポイントは5点満点中4.73点という高評価であったことが明らかになっており、この事例はインターネット上の「評価システム」のみに依拠して、安心や安全が担保されるという考え方に重大な限界があることを端的に示している。
 このようにインターネット上の「評価システム」が、タクシーの安心と安全を担保するための幾重に及ぶ厳重な法規制に代わり得るというのは、全く根拠のない暴論といわなければならない。

 4 市場原理で乱高下する運賃

 タクシー事業においては、地域における公共交通機関としての公正性を保つため、運賃が距離と時間に応じた一定の範囲に制限されている。悪質な業者が運転者の賃金を不当に切り下げてダンピング競争を行うことは事実上できないし、それにより健全なタクシー事業者が経営破綻に追い込まれることも防がれる。乗客にとっても、需要と供給の変化によって運賃が乱高下することはなく、安心してタクシーを利用できる。
 これに対し、ライドシェアにおいては、運賃に対する規制はない。そのため、海外で既にライドシェアが導入されている地域では、タクシー料金を大幅に下回る半額やそれに近い額で料金設定がなされた例もある(サンフランシスコ市)。こうした料金設定は、安全に対するコストや運転者の労働条件を犠牲にしなければ不可能であろう。これは、健全なタクシー事業者を市場から駆逐する目的でのダンピングにほかならない。
 さらに、ライドシェアは、旅客需要が供給に比して大きい場合には、運賃も上昇する。とくに週末やイベント時、大晦日などには顧客向けの料金が大幅に上がることになる。2014年12月11日、サンフランシスコの公共交通機関が嵐によりストップしたが、その際、運賃は通常の3.8倍に上昇した。さらに、2015年大晦日には運賃が急騰し、15分で200ドル請求されたケースがあった。こうした手法に対して、利用者から独占禁止法違反を問う訴訟も提起されている。
 ライドシェアが導入されれば、我が国においても、故障、事故等により、あるいは天候不純や災害などで電車がストップした際には、運賃が大幅に上昇する可能性があり、タクシー事業者が淘汰された後には低所得者が旅客サービスを利用できなくなる可能性も生じる。災害時など悪条件においても、公共交通機関が社会的使命を果たすべきであるのは当然で、災害等につけこんで便乗値上げをすることは許されない。また、相当の料金負担をすれば誰でも利用できる公正なものでなければならない。
 ライドシェアによって必然的に生じる運賃の乱高下は、公共交通機関の社会的使命を放棄するものであり、かつ乗客の利便性にとってもマイナスでしかない。

 5 ライドシェア=違法な「白タク」営業を容認する必要性は存在しない

 ライドシェアを導入しようとする主たる理由は、乗客がいつでもどこでもスマートフォンのアプリを使って車を呼ぶことができ、乗客の利便性が向上するということにある。
 しかしながら、このような乗客の利便性の向上を実現するために、前述のように安全性や安定した運賃を犠牲にしたライドシェアを導入する現実の必要性はもはやなくなっている。厳しい安全基準をクリアして事業許可を得た事業者が、資格を備えた運転者を雇用し、厳格な運行管理のもとで、スマートフォンのアプリを活用した配車システムを実現すれば足りるからであり、既にこうした配車システムが現実に稼働している。そして、実際の需要に見合った全国的な広がりを見せているのである。
 ライドシェアは、タクシーの安心と安全に対する信頼を根底から覆すものであることは既に述べたとおりだが、利用者の利便性の向上という点についても、既にライドシェアが指向するものは実現されているのであり、そもそもライドシェアなどという違法な手法を認める必要(立法事実)は、もはや存在しないと言わなければならない。
 このように、ライドシェアの導入によって利益を受けるのは、ウーバーやリフトなどのライドシェア事業者のみであり、ライドシェアの導入の意味するものは、結局のところ、こうしたライドシェア事業者の利潤と引き換えに市民の安心・安全を差し出し、公共交通機関としての社会的使命を放棄させるものに他ならないのである。

第3章 事業者間の不公正競争と運転者の労働条件破壊を招くライドシェア

 1 ライドシェア事業者とタクシー事業者との不公正競争

(1) 参入・台数規制の潜脱
 ライドシェアの合法化は、許可を得ない一般ドライバーに自家用車で旅客を運送することを認めるものであり、輸送需要量に対して供給輸送力が過剰となる事態をもたらす。
 現状においても、我が国のほとんどの営業区域では輸送需要量に対して、供給輸送力が過剰となっている。そのため、2009年にタクシー活性化法が施行され、2014年の同法改正(特定地域特措法と改称)により、全国638の営業区域のうち、19の特定地域と130の準特定地域が指定された。これらの地域では新規参入は禁止・制限され、設置された地域協議会で事業者や労働団体等の意見も聴取しながら、事業の適正化=減車が協議されている。
 かかる状況のもと、ライドシェアが合法化されれば、限られた輸送需要量を、タクシー事業者とライドシェア事業者とが奪い合う状況が生まれることになる。

(2) 運賃・料金規制の潜脱
 また、ライドシェアは、運賃及び料金は需給関係で日々変動することとされており、国土交通省の認可を必要としない。輸送需要量に対して供給輸送力が過剰な状況で、運賃・料金規制を自由化すれば、運賃・料金のダンピングが起こることは明らかである。
 タクシー事業は収入のほぼ全部を運送収入によっており、運賃水準が健全な事業経営を可能とするか否かを左右する。また、経費の8割前後を人件費が占める労働集約型の産業であり、運転者の賃金は歩合給であるため、運賃水準は運転者の賃金にも連動することとなる。さらに、公共交通機関としての特質上、運賃には公正性・透明性が求められる。
 2002年にタクシー事業が免許制から許可制となったが、同年の規制緩和以降、運賃・料金の多様化が進み、原価を償わないような低額運賃もみられるようになった。そこで2014年のタクシー活性化法改正では、公定幅運賃制度が設けられ、幅の下限を下回る運賃設定には厳しい是正措置が行えるようになった。
 タクシーの運賃が改定される際には、運転者の労働条件改善がその主たる理由とされ、値上げによる増収が確実に運転者に還元されるよう、行政機関が事業者へ指示、監督することとされている。
 このような運賃・料金に対する規制は、経営の安定、タクシー運転者の労働条件の安定を図ることが、安心・安全で質の高いサービスにとって不可欠であるからで、ライドシェアによって生じる運賃・料金のダンピングは、運転者の労働条件を破壊し、結局、乗客の安心・安全を犠牲にするものでしかない。

(3) タクシー事業者との不公正競争
 このように、現行法上、タクシー事業者に対しては、安心・安全な質の高いサービスを担保するために道路運送法上、さまざまな規制が課されており、その規制のもとで事業者間の競争が行われている。
 ところが、道路運送法上の各種規制を受けないライドシェアが合法化されることとなれば、市場競争において、ライドシェア事業者がタクシー事業者に優位に立つことは明らかである。そのことは、不公正競争によりタクシー事業の健全な経営を脅かされることを意味する。乗用車による旅客運送のかなりの部分がライドシェアに置き換わるとともに、既存のタクシー事業は存続そのものが危ぶまれる事態となる。
 現にカリフォルニア州では、最大のタクシー会社であるイエローキャブ協同組合が、ウーバー、リフトらの参入により経営が悪化し、2016年1月22日、連邦破産法11条の申請をするに至った。
 こうしたタクシー会社の経営破綻、ライドシェアへの置き換えを、「市場原理によりサービスの悪い会社が破綻するもので好ましいこと」と捉えて歓迎するのは皮相な見方でしかない。このような結果は、前述した不公正な競争によってもたらされたものであり、その結果として運転者の労働条件低下をもたらし、それが事故の多発等に繋がるからである。

 2 行き過ぎた規制緩和の反省に基づくタクシー事業健全化へ向けた取り組みの否定

(1) 規制緩和の弊害
 我が国では、2002年以降の行き過ぎた規制緩和による苦い経験を経て、今日、国・業界・労働組合等により地域公共交通の発展のためのさまざまな努力が現在積み重ねられている。ライドシェア合法化は、こうした苦い経験を学ばず、現在続けられている関係者の努力を無にするものである。
  2002年施行の道路運送法改正により、需給調整規制が撤廃され、タクシー事業は免許制から許可制に移行した。その結果、都市部においては急速に増車や新規参入がすすみ、事故の多発、運転者の労働条件低下が問題となった。
  タクシーの交通事故(車両事故を除く重大事故、1億走行キロ当たり、国交省資料)は、2001年の3.84だったものが、2002年の規制緩和以降、2003年には4.98まで急増し、その後も高止まり状態となった。とくに仙台や大阪などタクシー台数が急増して運賃競争が激化した都市部で顕著に増加した。
  台数が増えたにもかかわらず、総運送収入は低迷し、2001年度の2兆1523億円が2008年度には1兆9439億円にまで低下した。運転者1人あたりの運送収入は、2001年度528万円から2008年度478万円に低下した(国交省資料)。運転者の賃金は2001年の299万円が2008年には271万円に低下した(厚生労働省資料)。
  過剰なタクシー台数の増加は、交通渋滞を引き起こし、空車のタクシーが無駄な排気ガスを排出するなど社会的な批判が高まった。また、劣悪な労働条件を背景に運転者の質が低下し、苦情が増えるなどサービスの質も低下したと言われている。

(2) タクシー事業健全化の方向性
 この苦い経験から、2006年、交通政策審議会タクシーの将来ビジョン小委員会報告が「市場の失敗」を認めたのを契機に、タクシー事業の健全化のための様々な施策が実施されてきている。
 そして、2008年12月18日の交通政策審議会答申は、「タクシーは、我が国の地域公共交通を形成する重要な公共交通機関である」と位置づけたうえ、「タクシーのあり方を検討するに当たっては、利用者に良質のサービスを提供する視点は当然こと、産業としての健全性、労働者の生活の確保、地域社会への貢献等の視点も含め、すべての関係者にとって望ましい姿を探求する必要がある」とした。我が国においては、タクシーは、地域公共交通を担う機関として質の高い、安定したサービスを維持するためには、産業としての健全性、労働者の生活の確保、地域社会への貢献といった諸要素が重視されているのである。これは、2000年代前半に行われた規制緩和に対する反省に基づくものである。
 2007年にはタクシー業務適正化特別措置法が改正され、それまでは東京・大阪のみにあった運転者登録制が、政令指定都市に拡大され、講習や効果測定(テスト)が実施されるようになった。
 2009年にはタクシー活性化法が施行され、@協調的減車措置、A参入・増車の抑制(特定特別監視地域では実質禁止)、B低額運賃の適正化などの措置がとられた。これは、タクシー事業の健全化のためには、多すぎるタクシーを減らし、運転者の労働条件を改善しなければならないとの目的をもって立法化されたものである。

(3) 特定地域・準特定地域の指定による減車への取り組み
 タクシーの供給過剰に対応する政策としては、2008年7月に、国交省が緊急調整地域・特別監視地域指定要件を改正する通達を発し、特定特別監視地域では実質的に増車を禁ずる措置をとった。規制緩和の欠陥を認めたくない規制改革会議はこれを非難したが、2009年10月のタクシー活性化法施行により、供給過剰と指定された特定地域においては公式に参入・増車が原則禁止とされた。
 2014年1月には、タクシー活性化法、タクシー業務適正化特別措置法の改正を含む、タクシー特定地域特別措置法が施行された。これにより、従来の特定地域は新たに準特定地域に移行し、その中でも特に供給輸送力を削減しなければ安全と利便を確保できない地域を新たに特定地域と指定し、強制的な減車措置を執ることも可能となった。
 特定地域・準特定地域では、自治体・事業者・労働者等の参加による地域協議会で、減車を含めた地域計画をつくる協議がなされている。
 2009年6月のタクシー活性化法成立の際の国会の附帯決議では、「タクシー輸送の安全及びタクシー事業の適正な運営を確保するため、新規参入の許可に当たっては、最低車両台数や車庫の確保等輸送の安全のための適切な事業計画、道路運送法をはじめとする関係法令に関する知識等的確な事業遂行能力等について、十分な審査を行うとともに、新規参入事業者に対する早期の立入検査や行政処分等を受けた事業者に対する改善状況の検証、指導のための立入検査を適切かつ効果的に実施するよう、体制の強化を図る」とし、「特定地域では、地域の需要に適合し、新規参入や増車による需要増が明らかに見込めるもの以外は、原則としてこれを認めないこと。また、特定地域に指定されなかった地域についても、特定特別監視地域への指定を検討する等供給過剰発生の未然防止に努めること」とされている(衆議院国土交通委員会2009年6月10日)。
 現在、全国638営業区域のうち、19の特定地域、130の準特定地域が指定されている。都市部はほとんど両地域のいずれかに含まれており、これらの地域に存在するタクシーは台数ベースでいえば全国の約8割に及ぶ。ほとんどの地域が参入や増車を制限する必要があるとされているのである。
 ライドシェア合法化は、現在行われている政策的努力を全否定するものに他ならず、前述した不公正な競争によって、乗客の安心・安全のためのコストを掛けたまともな事業者が駆逐される事態を招き、行き過ぎた規制緩和の弊害を再び呼び戻すことになるのである。

 3 労働法規制の脱法と運転者の労働条件の劣悪化

(1) 運転者の労働条件の劣悪化
 ライドシェアの合法化により、自動車旅客運送に従事する労働者の労働条件が劣悪化する点も重大な問題である。
 新経済連盟は、「好きな時に好きなだけ働けるスタイルにより、新たなライフスタイルが実現」すると、ライドシェアの運転者としての働き方をバラ色に描いている。
 現在、タクシー運転者には第二種免許を必要とし(道路運送法25条、道路交通法84条、86条)、なおかつアルバイトを禁止して雇用形態を常用雇用に限定(運輸規則36条)することで、タクシー運転者の地位を専門的職種として保護し、過労運転を防止する労働時間管理を確実に行おうとしてきた。しかし、ライドシェア解禁の意味するところは、こうした規制を潜脱し、非専門的、非正規雇用の形態による運転者を増大させることにほかならない。
 このようにタクシー運転者の労働市場を完全に市場原理にゆだねることになれば、輸送力の供給過剰により、タクシー運転者の賃金もダンピングされ、専門的職業に相応しい賃金水準を維持することは困難とならざるを得ない。
 その結果、タクシー会社に雇用される運転者も、ライドシェア企業に紹介されて事業を行う運転者も、人間らしい生活ができるだけの賃金水準が確保されないこととなる。
 旅客運送に従事する運転者をそのような地位に置くことは、長時間労働の蔓延による事故、あるいは犯罪を含めたさまざまな社会問題を生じさせる。前述の2008年交通政策審議会答申が「地域公共交通を担う重要な公共交通機関」として位置づけ、「利用者に良質のサービスを提供する視点は当然こと、産業としての健全性、労働者の生活の確保、地域社会への貢献等の視点も含め、すべての関係者にとって望ましい姿を探求する」とした立場に反する。

(2) ライドシェア運転者の労働者性と労働法規の脱法による不公正競争
 さらに、そもそもライドシェアの運転者に、労働者としての労働法上の保護が与えられるか否かという根本的な問題がある。
 ウーバー、リフトらのライドシェア事業者らは、彼らと運転者との間には雇用関係がなく、労働法の適用がないとの見解に立っている(注)。ライドシェア事業者は、自らは使用者ではなく、単に乗客と運転者との間の旅客運送契約を仲介するだけだと主張している。かかる見解に立ったとすると、解雇に対する制限、労働時間に対する制限、労働条件の変更に対する制限等、運転者に対して本来与えられるべき労働法上の保護が与えられない可能性がある。また、健康保険、年金、雇用保険、労災保険の適用もない可能性がある。
 しかし、ライドシェア事業者は、その実態は、運転者を労働者として使用しているとみるべきであり、また、社会保障制度にただ乗りをすべきではなく、同様に保険料の負担をすべきであるし、ライドシェアの運転者にも同様の保障が与えられるべきである。
 ライドシェア事業者が、道路運送法上の規制のみならず、労働法の規制を脱法的に逃れ、社会保障制度の負担も免れるとすれば、同様に、タクシー事業者との間での不公正な競争であると言わざるを得ない。
 ライドシェア事業者は、アプリケーションに記録される運転者の労働時間を分単位で計測している。それどころか、運転者の個人情報や業績のみならず、居場所のデータにもアクセスすることができ、1日中、リアルタイムで労働者の物理的な居場所を知ることができる。
 また、ライドシェア事業者は、運転者に対して、サービス提供のやり方を指示し、事業者の基準で運転者を選別し、試験し、評価し、昇給し、懲戒しており、まさに労働者として管理している。呼び出し受諾率が低い運転者には懲戒処分があり、呼び出しに迅速に応えなければ解雇を含む重大な処分がなされる。例えばウーバーの場合、顧客からの呼び出しに15秒以内に応じられない場合、これを拒否とみなし、受諾率を下げる。ウーバーは、トレーニング・ビデオや運転者向けのハンドブックの中で、呼び出しのほとんどに応えることを求めており、受諾率が80%を下回ると警告を発し、迅速な改善がみられない場合は解雇される。運転者はアプリをいつオンにしておくかは選ぶことができるが、いったんオン状態にすれば、アプリを無視してその間雑用をかたづけることもできない。
 このように、ライドシェア運転者は、労働時間を管理され、諾否の自由はなく、ライドシェア事業者の指揮命令を受ける立場にある。
 また、ライドシェア事業者は、多くの場合一方的に仕事の料金を設定している。最大手のウーバーでは、運転者は、料金が安いとか、遠いから面倒だとかの理由で運送業務を断ることができない。なぜなら、乗客が希望する目的地をあらかじめ知ることができない仕組みになっているからである。
 ライドシェアは、白タクを解禁することにより、運転者の職業上の経済的基盤を掘り崩す点でも問題がある。しかし、以上に述べたとおり、運転者の労働者性を曖昧にするとともに、労働法令をはじめとした重要な規制や社会保障制度上の責任を免れたライドシェア事業者と、こうした規制を遵守するタクシー事業者とを競争させる面でも極めて問題がある。

 (注)
 アメリカでは、既にライドシェアの運転者の労働者性が争点となったクラスアクションが提起されている(O'Connor v. Uber Techs. Inc., N.D. Cal., No. 3:13-cv-03826)。連邦地裁は、クラスの認定(ライドシェアの運転者は相互に同一の利害を有すること)をしている。また、労働基準監督署は労働者性を認め、ウーバーに対して、4000ドルの償還を命令している。リフトに対しても同様のクラスアクションが提起されている(Cotter v. Lyft, Inc., N.D. Cal., No. 3:13-cv-04065)。
  また、カリフォルニア州の労働委員会は、2015年6月3日、ウーバーの下でサービスを提供していたタクシー運転手がウーバーと雇用関係があったとする判断を下し、ウーバーに対して、一人のタクシー運転手が負担した2か月分の走行距離に応じた経費と高速道路通行料、4152ドルを支払うように命じた。ウーバー側は、その判断を不服として、6月16日にサンフランシスコ郡高等裁判所に提訴している(Uber Techs., Inc. v. Berwick, Cal. Super. Ct., No. 15-546378, appeal filed 6/16/15)。

第4章 国家戦略特区制度の問題点

 1 際限のない特区指定

 冒頭で述べたように、今回閣議決定され、国会で現在審議中の国家戦略特別区域法(以下「特区法」)の一部改正案は、ライドシェア導入の地ならしとしての意味を持つものと考えられるが、そもそも特区を用いた規制緩和の手法そのものに重大な問題がある。
 特区法は、内閣総理大臣のトップダウンで、特定の国家戦略特区において、国の基本的な法令について規制緩和を行うものである。つまり、国家戦略特区に指定されれば、その地域では国の基本的な法令のいくつかの適用が排除されるのであり、規制緩和の基本法というべき性格の法律である。
 特区法によって、すでに3次にわたって「国家戦略特別地域」(特区)の指定がなされている。「特区」というと限定された一部の地域のように聞こえるが、実際には日本の主要な地域が既にほとんど含まれているといっても過言ではない。


(首相官邸HP;内閣府地方創生推進事務室)


 特区は、内閣の政令で定められる(「国家戦略特別区域を定める政令」、特区法2条)。そこで、内閣の判断で次のとおり現在までに3次にわたって、「特区」の指定がなされている。

 2014年5月 1次指定(6区域)
  東京圏(成田市・都内23区の一部・神奈川県)・関西圏・新潟市・兵庫県養父市・福岡市・沖縄県
 2015年8月 2次指定(3区域)
  仙台市・秋田県仙北市・愛知県
 2016年1月 3次指定(3区域)
  広島県及び愛媛県今治市・千葉市・北九州市
 ちなみに、現時点で、東京圏とは、東京都(2次指定で都下全域に拡大)・神奈川県・千葉県成田市・千葉市、
 関西圏とは、京都府、大阪府、兵庫県を指す。

 名古屋市を含む愛知県、福岡市・北九州市、仙台市などをあわせると、すでに3次指定までで、国内の主要な地域が「特区」に指定されている。そして、今後も内閣の判断によって、随時これが拡大されていくことになる。
 こうなると、「特区」での規制緩和は、法律の例外ではなく、逆にこれが法律の原則となる逆転現象が生ずる。

2 適用を排除される法令のメニュー

 特区法では、特区内で適用を排除される法令のメニューがあらかじめ定められている。現時点での規制改革の項目は都市再生、起業・開業、雇用、医療など10項目である。これらの項目について、内閣総理大臣主導の規制緩和を実現するために、同法12条の2以下に、主要な法令の規制緩和項目が列挙されている。
 学校教育法(12条の3)、児童福祉法(12条の4)、旅館業法(13条)、医療法(14条)、建築基準法(15条)、出入国管理及び難民認定法(16条の3)、道路法(17条)、農地法(19条)、土地区画整理法(20条)、都市計画法(21条)、都市再開発法(24条)、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(24条の2)、外国医師に関する医師法の特例(24条の3)、NPO法人法(24条の4)等である。
 これらの法令ごとの規制緩和の内容は、さまざまだがその特徴は次のとおりである。
 @ 上記の各法令は、それぞれ主管する省庁や地方自治体があり、ここが監督や制度の運営を行っている。
 A 特区法では、後記の国家戦略特別区域会議が申請し、内閣総理大臣の認定を受けた事業については、@の主務官庁や地方自治体の行為とみなすものとする。
 B つまり、内閣総理大臣が主導して、各分野の規制緩和プランをたてると、これが既存の法令上での主務官庁や地方自治体の行為となってしまうのである。
 C それだけでなく、各種の法律にはその下に施行規則などの省令や地方自治体などの条例などの規制が定められ、ひとつの制度を構成している。
 D ところが特区法では、これらの政令や省令の体系をそっくり排除する仕組みが導入されている(「政令等で規定された規制の特例措置」26条)。地方公共団体の条例についても同様である(27条)。

3 民意と無関係なトップダウンの体制

 各分野の規制緩和を内閣総理大臣のトップダウンで推し進めるために、特区法のもとに次の2つの機関とワーキンググルーブ(WG)がおかれている。

(1) 国家戦略特別区域諮問会議(「諮問会議」・同法29条以下)
 特区法における最高意思決定機関。議長は、内閣総理大臣、他に10人以内の議員で構成される。この中には、内閣官房長官、特区担当大臣、「構造改革の推進等にすぐれた識見を有する」民間有識者がはいる。
 ここでのポイントは、当該分野の国務大臣は排除されていることである。
 たとえば、今回の特区法改正による「道路運送法の特例」について、主務大臣である国土交通大臣はその政策決定に関与できないのである。
 もう一つのポイントは、「民間有識者」である。現在、竹中平蔵氏(慶應義塾大学名誉教授)や八田達夫氏(アジア成長研究所所長)など5名が内閣総理大臣の任命によって議員となっている。これらの「有識者」は「議員全体の10分の5未満であってはならない」(同法33条)と規定されている。そうすると、国民に何ら責任を負わないこれらの規制緩和論者が最も重要な国家政策を実行していくことになる。「諮問会議」は、前記の「国家戦略特別区域の指定」に関与し、内閣総理大臣の「国家戦略基本方針」及び「区域方針」の立案に意見を述べる。また「区域計画の認定」(規制緩和内容の決定)にも意見を述べることがあるなど、特区にかかわる最重要事項に関与する(同法30条)。

(2) 国家戦略特別区域会議(「区域会議」・同法7条以下)
 国の代表としての特区担当大臣、自治体及び民間事業者で構成される。
 ここでは、特区ごとにその地域内での規制緩和のための「区域計画」を立案して、内閣総理大臣の認定を受ける。ここで注目すべきなのは、やはり「民間事業者」である。
 内閣総理大臣は、特区内で特定事業を実施すると見込まれる者を公募その他の方法で選定し、国家戦略特別区域会議の構成員として加えるものとしている(同法7条3項) 。たとえば、今回の特区法改正による「道路運送法の特例」が成立した場合、ウーバーなどの民間事業者が「区域会議」の構成員になり、規制緩和の制度設計に関与していく事態も考えられる。また、「区域会議」は関係行政機関の長に対して、資料の提出要求などもできる強力な権限をもたされている(同法7条4項)。

(3) 国家戦略特区ワーキンググループ
 座長は、「諮問会議」の議員でもある八田達夫氏(アジア成長研究所所長)である。そもそも特区法は、2013年5月に、八田氏ら「規制改革の専門家」(自ら報告書で自称)と内閣官房事務局で構想を練り、同年末に法律化したものである。現在このWGは9人の民間人で構成されている。このうち、八田達夫氏と坂村健氏(東京大学大学院教授)は、「諮問会議」の議員も兼務している。
  このWGの任務は、自治体・民間事業者等からの規制緩和提案の受付・ヒアリング、規制改革事項について関係官庁からのヒアリング・折衝を通じて、国家戦略特区制度の設計を行うことにある。関連するホームページなどをみると、凄まじい頻度でこのような規制緩和策の受付・省庁とのヒアリングなどが行われ、特区法の規制緩和政策として実現されていっている。ライドシェアや民泊などのシェアリングエコノミーの提唱(「新経済連盟」)も、政府の規制改革会議とも連動しつつ、このルートで国家政策に組み込まれつつある。この場合、入り口であるWGの座長が、決定権者である「諮問会議」議員でもあるわけで、はじめから結論ありきの制度といえる。

 4 特区法による規制緩和の拡張は安易に行われてはならない

 日本国憲法95条は「一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。」と定めている。その趣旨は、国の法律によって特定の地方公共団体の自治を剥奪する、あるいは特定の地方公共団体の住民に対して法のもとの平等を侵害するということを防ぐという点にある。
 山口二郎教授(北海道大学大学院・当時)は衆議院での参考人質疑でその憲法違反の可能性を指摘された際、「特区法ができた後、具体的に地域指定をして、雇用とか医療とか建築等々といった分野についてほかの地域とは違う基準を当てはめるということになりますと、いわば行政の意思決定によって特定地方公共団体の住民が本来持つべき権利を侵害するという危険があるわけであります。」と述べ、特区法が憲法95条に違反する可能性のあることに言及している。
 また、地方自治との関係だけでなく、国民の権利義務に関わる重要事項について、何ら国民に責任を負わない民間有識者という名の「規制緩和論者」が行政機関を指揮命令するかたちでものごとを決めていく姿は、国民主権の原則を脅かすものといえる。規制緩和の基本法の性格をもつ「特区法」にはこのように根本的な問題がある。
 したがって、特区法による規制緩和の拡張が安易に行われてはならず、とりわけ国民の生命・身体・財産の確保に関わる事項については、より一層の慎重さが求められるのは当然である。

第5章 国家戦略特別区域法改正案の問題点

 1 国家戦略特別区域法改正案における自家用有償旅客運送制度の拡張

 現在国会で審議されている特区域法改正案(16条の2)は、道路運送法78条以下で例外的に認められている自家用自動車の有償運送に関し、外国人旅行者等の運送にまで拡張し、同法の特例を認めている。これまで特区法のメニューになかった同法が、規制緩和の基本法である特区法に取り込まれようとしている意味は大きい。
 後に述べるとおり、この特例を認める立法事実がほとんどないことからすると、今回の改正案はこの特例の範囲を事業用自動車であるタクシー輸送の分野など道路運送法の他の分野にまで拡大することを企図したものであると考えざるを得ない。今回の特区法改正は、道路運送法の目的である輸送の安心・安全と利用者保護の根幹をくずす「アリの一穴」となりかねない。

 2 自家用有償旅客運送制度の立法事実と要件

 道路運送法では、自家用自動車(マイカー)による有償輸送は禁止されている。しかし他方で、過疎化の進行による生活交通の後退、高齢化の進展による福祉輸送の需要が増している一方で、バス・タクシー事業者においては、運転者不足や経営の悪化などから、十分な輸送サービスが提供できないため、地域住民の「足」が確保されない状況が生まれている。そこで、過疎地域での輸送や福祉輸送といった地域住民の生活維持に必要な輸送について、それらがバス・タクシー事業によって提供されない場合に、その代替手段として、国土交通大臣、またはその権限の委譲を受けた地方公共団体の長から登録を受けた市町村やNPO等が、例外的に自家用自動車を用いて有償で旅客運送ができることになっている(同法78条2号)。
 自家用有償旅客運送を行おうとするものが国土交通大臣等の行う登録を受ける際には「運送しようとする旅客の名簿」を申請書に添付しなければならない(同法施行規則51条の3)とされている。すなわち、特定の者のみ自家用有償旅客運送を行え、旅客もあらかじめ名簿で登録されている者に限定される。そして、民間事業者の事業を圧迫しないため「運営協議会」による同意制度が義務付けられている(同法79条の4第5号)。また収受する対価を実費の範囲を基準とするなど乗客の利便(同法79条の8)を図り、運行管理・損害賠償のための任意保険加入制度などの安全対策(同法79条の9)が義務づけられるなど、同法や国交省令・告示等できめ細かく制度設計がなされている。
 このように現行の自家用有償旅客運送は極めて限られた例外であり、その場合であっても輸送の安心・安全を確保するため、厳格な要件が定められているのである。

 3 特区法改正案に立法事実はなく、狙いはライドシェアへの地ならし

 特区法改正案の16条の2では、これまで極めて例外的にしか認められていなかった自家用有償旅客運送を、特区内において「外国人観光旅客その他の観光旅客の移動のための交通手段を主たる目的」とする場合に拡張している。この改正案は「外国人観光旅客その他の観光旅客の移動のための交通手段を主たる目的」と規定しているだけなので、「主たる目的」である「外国人観光客」以外の者の輸送を排除していない。参議院国土交通委員会における辰巳孝太朗議員に対する国交省藤井局長の答弁においても「これ(外国人観光客等−引用者)以外の乗客の輸送を排除する趣旨ではない」とされている。しかも、改正案は、これまで義務付けられていた「運営協議会」による同意制度が排除され、特区の区域会議が地域決定を行うとされている。
 このように、例外的に自家用有償旅客運送を認めてきた従来の範囲を大幅に緩和し、特区の区域会議で実施を決めれば、都市部においても自家用有償旅客運送を行うことが可能で、しかも乗客についての制限もなくなっている。これは輸送の安心や安全を確保するため、有償での不特定多数の者の輸送は、厳格な基準を満たしたバスやタクシーで担われなければならないという原則が大幅に後退させられている。
 そもそも外国人観光客が多数訪れるような地域にはバスやタクシー事業者がすでに事業展開しているのが一般的であり、むしろ供給過多となっている。したがって「観光旅客の移動のための交通手段を主たる目的」として、自家用有償旅客運送を認める必要性、すなわち立法事実は認められない。これは現行の自家用有償旅客運送が、過疎地域での輸送や福祉輸送といった地域住民の生活維持に必要な輸送について、それらがバス・タクシー事業によって提供されない場合に、その代替手段として例外的に許容されていることと比べると対照的である。
 国民の生命・身体・財産の確保に直接関わる自家用有償旅客輸送について、その必要性も立法事実もないにもかかわらず、特区法を改正してまで拡張する狙いは何か。それは自家用有償旅客運送の主体として、ゆくゆくは営利法人を追加し、ライドシェアを解禁するための地ならしであると考えるほかない。さらに、安全管理等に関する省令や告示による規制についても、前述した「政令等で規定された規制の特例措置」特区法26条で、そっくり規制緩和体系に入れかえられる可能性も否定できない。

 4 交通過疎地の問題はライドシェアに頼らずとも解決できる

 今回の国家戦略特別区域法改正案とは別個の問題であるが、バスや鉄道が廃止されタクシーも少ない交通過疎地で、マイカーを持たない者の移動手段を確保することは重要な政策課題である。現在、バス路線の維持などに国や地方自治体が補助金を支給する制度もあるが十分なものとは言い難い。こういった国や地方自治体の支援の不十分さが、ライドシェア導入の口実ともなっている。
 しかし、またタクシー会社のない地域では、すでに制度化されているNPOや地方自治体による自家用有償旅客運送によって住民の移動手段を確保している地域もある。また、地元のタクシー会社と地方自治体とが協力して運行する過疎地型の乗合タクシーは、既に全国3000コースで運行している。行政は、こうした取り組みをさらに支援することこそが求められよう。
 このような取り組みにより、交通行政のあり方を見直し、移動手段確保のための支援を十分に行えば、危険で安定性に問題があるライドシェアを導入することなく、住民の移動手段は確保できる。交通過疎の解消を口実に、乗客の安心・安全を犠牲にしたライドシェアの導入は絶対に認められない。

 5 特区法改正案は廃案しかない

 4月26日、衆議院地方創生特別委員会において、特区法改正案は自民・公明・おおさか維新の賛成で可決された。
 その附帯決議で「国家戦略特別区域自家用有償観光客等運送事業については、あくまでバス・タクシー等が極端に不足している地域における観光客等の移動の利便性の確保が目的であり、同制度の全国の実施や、いわゆる『ライドシェア』の導入は認めないこと」等が盛り込まれた。
 改正案が成立した場合、最低限、この附帯決議が厳密に履行されなければならないことは当然であるが、敢えて附帯決議に「あくまでバス・タクシー等が極端に不足している地域における観光客等の移動の利便性の確保が目的であ」ることを盛り込まなければならなかったことは、逆にいえば法令上このような制約のないことを意味しており、まさにそのことが最大の問題なのである。よって、ライドシェアの導入に道を開く今回の改正案は廃案しかあり得ない。

おわりに

 小泉内閣以降推進されてきた「聖域なき規制緩和」路線は、極端な所得格差、地域間格差等を助長し、国民の貧困化を加速度的に進め、国民の生命や健康さえ危ぶまれる結果をもたらした。その矛盾が端的に表れたのがタクシーを始めとする公共交通機関に関する分野であり、その深刻な反省に基づいて法改正を始めとする様々な取り組みが行われている過程にあることは第3章で詳しく述べたとおりである。しかし、それはまだ緒に就いたばかりであり、その不十分さが、本年1月15日の軽井沢スキーバス転落事故の悲劇にも繋がっている。
 ウーバーやリフト等が導入に意欲を示しているライドシェア構想は、こうした政策的取り組みを真っ向から、しかも丸ごと否定するもので、「規制緩和」の亡霊を復活させようとするものに他ならない。しかも、第2章で述べたとおり、スマートフォンのアプリを活用した配車システムは既に実現されていることからすれば、ライドシェアは、利用者の安心・安全と引き換えに、ライドシェア事業者の利潤追求を実現するものでしかなく、まさに「百害あって一利なし」といわなければならない。
 今タクシー業界を始めとする公共交通機関に求められているのは、規制緩和の弊害を克服し、利用者の安心と安全、そしてそれに対する信頼を回復することである。
 そのためには、利用者の安心、安全を犠牲にするライドシェアではなく、自交総連が提唱しているタクシー運転免許の法制化の実現こそが目指すべき方向である。
タクシー運転免許の法制化は、運転者の法的地位を確立し、その人材養成と資質のチェックを通じてタクシーシステムに良質な人材を確保することを目的としている。そのため運転者の資格要件として、@安心・安全な輸送確立に必要な技能及び法令知識と順法精神、A接客サービスと福祉・介護輸送への対応における知識、Bプロドライバーたるにふさわしい地理知識の三つを求めている。この国家資格制度の導入によってタクシードライバーの資質を確実に向上させることができ、タクシーの安心・安全を確保し、ますます重要性を増している福祉、介護分野での輸送充実をはかることにも役立つものである。
 現在国会で審議中の道路運送法の特例を認める国家戦略特区法の改正案は、第5章で述べたとおり、それ自体立法事実のないもので、結局のところライドシェアの全面的な導入に道を開くものでしかない。したがって、ライドシェア解禁につながる国家戦略特区法の改正案の成立は何としても阻止しなければならない。そして、タクシー運転免許の法制化こそが、利用者の安心・安全を担保し、運転者の労働条件を向上させ、ひいてはタクシー業界全体の活性化をもたらすものであり、その実現は急務であることを改めて強調しておく。


自 交 総 連