急増する「名義貸し営業」の分析と
違法行為根絶のための意見書

2008年3月4日
自 交 総 連 本 部
自 交 総 連 大 阪 地 連
自交総連本部顧問弁護団
弁護士 小賀坂 徹
弁護士 小部 正治
弁護士 須藤 正樹
弁護士 田辺 幸雄

も く じ

はじめに
第1章 「名義貸し営業」と道路運送法33条
第2章 運行管理が欠落した乗務実態
第3章 「賃金」「労働時間」の概念を無視した契約と
 労働実態
第4章 「個人事業主」を前提とした経理処理
別表 新日本グループ内のある会社の「支払い明細」
別紙 ワンコインタクシー株式会社本社営業所出入庫
 調査票

は じ め に

 タクシー規制緩和は、増車や運賃値下げ競争を激化させタクシー労働者の労働条件の劣悪化をもたらしているが、同時に利益のためには違法行為もいとわないという経営者のモラルの崩壊をも加速させている。多種多様な運賃や増車など過当競争が最も激しい地域である大阪で急速に勢力を伸ばしている「名義貸し営業」はその典型といえる。
 問題となっている新日本グループ(町野勝康会長)は、すでに同系列の6社459台に急成長している。
 その最大の特徴は、会社が受けた営業許可を事実上個々のタクシー運転者に貸渡して自由放任で営業させ、売上から名義貸し料をピンハネして利益を得るというものである。運転者は無制限な長時間労働となり、その形態から必然的に運行管理を放棄することで安全やサービスの確保という運送事業者としての義務を果たさない経営手法となる。この営業形態の売り物である低運賃は、このような長時間労働と運行管理の放棄があってはじめて実現するものである。すでに、この手法を模倣する会社が出現しているように、同様の営業形態が蔓延する危険性もあり、全国的な影響も見過ごせない。
 自交総連では、こうした名義貸し営業の問題点を指摘し、大阪地連では、粘り強い現地現認調査も実施して、営業車両の持ち帰りや運行管理放棄の実態を明らかにし、再三にわたって国土交通省・近畿運輸局に申し入れ、違法行為の根絶を求めてきた。当局も一定の監査・処分を行ってはいるが、新日本グループは、自らの名義貸し営業を「企業内個人タクシー」「オーナーズ制度」などと称して法律に触れないものであるかのように装うとともに、事業許可の取り消し処分も想定して、別名義・別役員の新会社をつくって営業資産を移し実質的に営業を継続するという脱法的手法も用いて処分逃れをはかっている。
 今回、名義貸しもしくは類似する営業形態の違法性を改めて詳しく分析し、対策を提起することとした。法人タクシーが多数を占めるというわが国のタクシー事業のあり方の根幹にも関わる問題として、行政当局には、この問題への厳しい対応が求められている。違法行為の蔓延、処分逃れを許さない実効ある処分、対応を行って早期に名義貸しの根絶をはかることを求めたい。

第1章 「名義貸し営業」と道路運送法33条

  道路運送法33条は、一般旅客自動車運送事業者は、(1)その名義を他人に一般旅客自動車運送事業又は特定旅客自動車運送事業のために利用させてはならない(1項)、(2)事業の貸渡しその他いかなる方法をもってするかを問わず、一般旅客自動車運送事業又は特定旅客自動車運送事業を他人にその名において経営させてはならない(2項)と規定し、いわゆる名義貸し行為を禁止している。これに違反した場合は、3年以下の懲役、もしくは300万円以下の罰金、又はその併科という重い罰則が定められている(同法96条)。
 これは、一般旅客自動車運送事業を経営しようとする者は国土交通大臣の許可を受けなければならず(同法4条)、その許可にあたっては厳格な許可基準に適合しなければならない(同法6条)とされていることから当然に導かれるものである。すなわち、一般旅客自動車運送事業について国土交通大臣の許可を得た事業者が、その許可を得ていない者に対し自由に名義を貸与することができ、貸与を受けた者が自由に営業できることになれば、許可制そのものが完全に空洞化してしまう。その結果、無許可での営業が野放しになってしまい、輸送の安全を確保することができなくなるからである。

  同法6条の許可基準は、(1)当該事業の計画が輸送の安全を確保するため適切なものであること、(2)当該事業の遂行上適切な計画を有するものであること、(3)当該事業を自ら適確に遂行するに足る能力を有するものであること、である。すなわち、一般旅客自動車運送事業の許可を得るためには、まず事業計画が存在し、その事業計画が輸送の安全を確保するため適切なものであり、かつ当該事業者に事業を適確に遂行するに足る能力がなければならないのであり、そのための厳格な審査を受けて初めて国土交通大臣の許可を得ることができるのである。

  ところで大阪の新日本グループ等が行っている「企業内個人タクシー」「オーナーズ制度」と称される営業形態は、同法33条に真っ向から抵触するものと言わざるを得ない。
 同制度においては、タクシーの所有名義そのものは許可を受けた会社にあり、形式上労働契約の体裁をとっている。  しかし、同制度では旅客自動車運送事業運輸規則で義務づけられている乗務ごとの点呼等はせいぜい1か月に1、2度行われているのみであり、出庫時間、帰庫時間の制限もなく、事実上、車両を自由に運転者に使用させており、会社による運行管理は皆無といってよい(第2章)。
 売上は、基本的に運転者に帰属し、会社はそこから業務委託料を徴収しているだけであり、賃金の概念はない。またLPガス代等の諸経費もすべて運転者の負担とされている(第3章)。したがって、個々の運転者が自らの営業収入について確定申告を行い納税している。また労働契約であれば本来会社が負担すべき健康保険料、厚生年金保険料、雇用保険料、労災保険料について全額運転者の負担とされているのである(第3章、第4章)。
 さらに同制度の下で、会社は個々の運転者の「給与」に5%の消費税分を乗せて支払う体裁をとっている(実際にはこの5%分は営業収入から天引きされて会社に留保されている)。これはまさに「給与」とは名ばかりで、経理上も外注費扱いされているのである(第4章)。

  このように同制度においては、会社の運行管理は皆無であり、運転者はまさに個人タクシーと同様に、自分の好きな時に、好きな時間だけ営業を行い(もちろん労働時間規制はなく、残業の割増も存在しない)、会社に業務委託料、LPガス代等所定の経費を納めるだけで、売上はすべて運転者個人のものになるのである。
 この制度の下では車両の所有名義が会社に属するという以外は、まさしく個人タクシーと全く同様の実態となっている。さらに車両の所有名義が会社にあるといっても、「リース料」名目で車両の買い取り代金を運転者から徴収しているのであるから、車両の名義そのものさえ形式的なものであり、実質的には車両も運転者の所有というべきである。また添付した別表の「月間経費」によれば、会社は運転者から営業車の「駐車場代」を徴収していることが分かる。このことは営業車が実質的に運転者の所有に帰属していることを明確に物語っている。

  このように「企業内個人タクシー」「オーナーズ制度」の下での運転者の実態は、個人事業主といって決して過言ではない。当然のことながら、個々の運転者は一般旅客自動車運送事業についての国土交通大臣の許可を受けてはおらず、許可条件としての「輸送の安全を確保するための適切な事業計画」も有していない。このような者が、事実上無制限にタクシー事業を営んでいるのが「企業内個人タクシー」「オーナーズ制度」であり、まさに許可制の僭脱そのものである。
 こうしたことを禁じているのが、同法33条の名義貸しの禁止条項なのであり、まさに名義を他人に貸与し一般旅客自動車運送事業又は特定旅客自動車運送事業のために利用させる行為なのである。このような営業形態が許容されるのであれば、輸送の安全の確保は到底実現されなくなってしまう。
 「企業内個人タクシー」「オーナーズ制度」と称する営業形態は、いかなる意味においても道路運送法33条に抵触する違法な営業形態であり、直ちに是正されなければならず、さらには当該事業者においては許可の取消事由ともなるべき重大な違反行為である。
 同制度の個別の問題点について、以下に詳細に検討することとする。

第2章 運行管理が欠落した乗務実態

  この制度をとると、一人一車制となり、しかも事業用自動車及び運転者が事業者の管理・支配から離脱するため、運転者がいつでも自由に事業用自動車を営業に使用することができる状況に行き着くのは自明のことである。
 その結果、勤務の直前と直後に実施すべき点呼(旅客自動車運送事業運輸規則24条)がほとんど実施されないという重大な問題が必然的に生ずるのである。
 事業者は、過労の防止を十分考慮して「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(平成元年労働省告示第7号)に従って、勤務時間及び乗務時間を定めることとされている(規則21条1項)。
 同時に、乗務員の健康状態の把握に努め、疾病、疲労、飲酒その他の理由により安全な運転をすることができないおそれのある乗務員を事業用自動車に乗せてはならず(規則21条3項)、乗車前の点呼でチェックされることになっている(規則24条1項2号)。
 また、事業用自動車の運行の安全を確保するために日常点検の実施又は確認が義務づけられている(規則24条1項1号)。
 さらに、規則38条1項・2項に基づき定められた「旅客自動車運送事業者が事業用自動車の運転者に対して行う指導及び監督の指針」(国土交通省告示第1676号)にも「営業区域における主な道路及び交通の状況をあらかじめ把握させるように指導するとともに、これらの状況を踏まえ、事業用自動車を安全に運転するため留意すべき事項を指導する」とされ、「道路の状況その他の事業用自動車の運行に関する状況等に応じて日々の運行のたびごとに指導及び監督を実施すべき事項については、点呼等において実施」することが定められている。
 以上のように、法令等で定める勤務時間・乗務時間を遵守する旨の指導、安全な運転をすることができないおそれの有無の確認、事業用自動車の整備状況の確認及び日々の道路状況・交通状況の伝達・報告などは、乗務直前の点呼及び乗務終了後の点呼で行うべきことが規則・通達で定められているのである。

  ところが、毎日行うべき点呼が乗務前や乗務後もほとんど行われなくなれば、疾病、疲労、飲酒その他による危険な運転を防止することができなくなる。同時に、規制されている勤務時間・乗務時間や運転距離を遵守する旨の注意や警告を行う機会はほとんど皆無となり、長時間の過労運転が蔓延しかねないのである。道路状況・交通状況そして自動車の整備状況も無視した運転が強行される。必然的に、事業者に義務づけられている点呼の実施及び報告・指示内容の記録・保存の義務違反も恒常的なものとなる。
 加えて、この制度は、売り上げの多寡に関わらず毎月一定の「リース料」を支払うことが強制されているのであるから、乗務距離の最高限度の規制(同22条)も空文化することは言うまでもない。
 さらに、事業者による自動車及び運転者の管理・監督はなきに等しく、規則25条で義務づけられている運転者ごとの乗務記録の記録・保存も形式的なものとなり、具体的な労働時間や運行距離等は改ざんされ隠蔽されることになる。
 同時に、規則28条で事業者に義務づけられている運行記録計による瞬間速度・運行距離及び運行時間の記録・保存も、運行記録計が毎日点検されることもなくなり、これらの違法な運転距離や長時間労働を隠蔽するために、改ざんされることが日常茶飯事となりかねない。

  こうして長時間運転や過労運転・高速運転が蔓延すると、交通事故が多発し、適切な速度で安全に移動することを願う利用者の利益を損なうことはもちろん、運転者の適切な労働条件や健康・命さえ脅かされる状況を避けることができなくなるのである。

第3章 「賃金」「労働時間」の概念を
無視した契約と労働実態

 新日本グループの「オーナーズ制度」などと称して締結している契約の本質は、次に述べるとおり、同社がその名において国土交通大臣から受けた営業許可を、タクシー運転者との間で、@「リース車両契約」とA一定の名義料(一般管理費)と引き換えに、当該車両の営業収支を労働者の計算で行わせる「労働契約」とを組み合わせた契約を締結することにより、当該タクシー運転者に貸し渡す、「名義貸し営業」契約である。

1 賃金からみた契約の本質

 「オーナーズ制度」に基づく運転者の賃金は、別表のように、支払われている。このような内容から、次のことがわかる。

(1) タクシー営業の経費負担
 @ タクシー車両については、「車両代分割」と「初期費用」が、車両関係の費用である。前者は、実質は車両の購入費で、この例では零とされているので、運転者が車両代金を全額支払っている(自己車両を持ち込んで営業する場合を含む)のであり、代金分割払いの場合は、この欄に一定の「リース料」が計上されることになる。後者は、一般車両をタクシー営業できる車両に改装する装備費用で、運転者は通常で90万円程度を分割で支払うことになっており、その分割代金が計上されている。このように運転者は、タクシー営業車両の費用を、すべて、運転者自らが経費として負担する、という仕組みになっている。
 A 次に、毎月、運転者が売上から負担する経費を、項目で見る。
 まず、「月間経費」として差し引かれる経費では、「車両管理費」の名目の経費がある。これには、駐車場代、水道光熱消毒費代、シートカバー代、大阪タクシーセンターの車両割り負担金、LPガス代(1か月分)、JETモバイル代(月額基本料)、チケットカード手数料(売上げの4%)、修理代などのタクシー営業の必要経費が網羅的に入っており、これらの経費を運転者は、実額ですべて負担している仕組みである。「柏原中小企業協会」は税金申告の代行費用、「罰金共済」「休業共済」「オーナーズ会費」は、タクシー運転の業務をする運転者に必要となる経費の共済的制度であり、このような経費もすべて運転者が負担している。
 次に、「一般管理費変動部門」という名目で、「福利厚生費等」(健康保険・労災のみ)という経費を負担している。これは、後に述べるとおり、社会保険の事業主負担分に相当するものである。
 さらに、個人の給与から差し引かれる経費としては、通常の労働者が負担する、健康保険料、厚生年金保険料、雇用保険料、源泉所得税、市町村民税をすべて負担している。これらは、後の述べるように、基本給に対応する社会保険料の労働者負担分と源泉税である。
 給与からは、さらに、「交通共済対人保険」「対物共済保険」の名で、タクシー車両運行に不可欠な経費である対人・対物保険料を、すべて運転者が負担している仕組みである。
 これらの運転者が売上から負担している経費を項目で見ると、タクシー車両の運行にかかる経営者の負担すべき経費は、すべて、会社ではなく、タクシー運転者が負担する仕組みといえよう。言い換えれば、この「オーナーズ制度」の下では、タクシー運転者は、個人タクシー事業主と同じ経費負担をしているに等しいのである。

(2) タクシー営業による売上のゆくえ
 以上の経費負担のほかに、運転者は、タクシー営業による売上から、「一般管理費固定部門」という名目で月額7万円(消費税3500円別)という定額を負担し、会社に支払っている。のみならず、給与明細の中にある「累積赤字」(半月毎の「赤字累計」の累積額)という項目により、この月額7万円は、必ず支払わなければならない仕組みとなっている。運転者からいえば、その責任で、この毎月7万円を、一種の経費として、会社に支払わなければならないのである。  他方で、運転者は、月額7万円(消費税3500円別)の定額を支払い、上記のタクシー車両の運行にかかる経営者の負担すべき経費を支払えば、残りはすべて自己収入となることが約束されている。
 これを要するに、この「オーナーズ制度」の下では、運転者は、一定額のリース料を会社に支払えば、個人タクシー事業主と同じ経費負担をして、自ら営業しているに等しいのである。

 以上のとおり、この契約では、タクシー会社が、運転者に対して、タクシー営業車両の費用と定額の一般管理費の負担と引き換えに、タクシー営業免許をリースし、運転者が、自己の経営責任で、タクシー営業をしていることになり、まさに、道路運送法第33条が禁止する「名義貸し契約」そのものなのである。

2.労働時間、賃金規制を無視した労働基準法違反などの労働実態

(1) 労働時間(「改善基準告示」)の規制違反
 タクシー労働者の場合、車庫待ち等を除いて、隔日勤務以外は、1か月の拘束時間が原則299時間以内、1日の拘束時間は基本が13時間以内(最大16時間)とされ、隔日勤務の場合は、拘束時間は、2暦日について21時間以内、勤務終了後20時間以上の休息期間、とされている。これは、当然、個々のタクシー運転者の身体・健康の安全、人間らしい生活のための最低限の労働基準であると同時に、これらのタクシーを利用する一般旅客が安全、快適な輸送サービスを受けるための必須条件である。
 ところが、この「オーナーズ制度」の下での運転者の労働実態を、会社の営業所で出入庫をチェックする方法で現地調査したところによれば、驚くべきことが判明した(別紙調査表参照)。同調査によれば、運転者は、ほぼ、まったく無規律に会社の営業所を出入りしている。そして一様に、1回の出庫から帰庫までの時間が、非常に長い。中でも、調査表12番は拘束62時間以上、同19番は56時間以上、同30番は51時間以上、同31、32番は70時間以上、同43番は63時間以上、同61番は52時間以上、同70番は63時間以上の拘束時間の運転である。
 このような著しい労働基準法違反の労働時間の日常化は、その労働者の身体、健康と乗客の快適、安全な輸送を大きな危険にさらすものである。

ワンコインタクシー竃{社営業所での営業車出入庫調査(抜粋)
(自交総連大阪地連調査、2007年10月8日午前2時〜11日午前0時30分実施、
全調査車両70台のうちから抜粋、全調査表は別紙参照)
調査
番号
8日 2:00 〜 11日 0:30 拘束時間 一時立ち
寄り時間
出庫 入庫 出庫 入庫
12 既出庫 10日16:14     62時間14分以上  
19 8日15:40 未入庫     56時間50分以上  
30 8日21:30 未入庫     51時間00分以上  
31 既出庫 8日17:45 8日18:03 未入庫 70時間30分以上 17分
32 既出庫 9日 6:10 9日 6:20 未入庫 70時間30分以上 10分
43 既出庫 10日17:50     63時間50分以上  
61 既出庫 9日21:29 9日21:30 10日 6:26 52時間26分以上 1分
70 既出庫 10日17:49     63時間49分以上  

(2) 賃金、有給休暇の規制違反
 この「オーナーズ制度」下での賃金体系においては、経費は、固定経費以外は主にLPガス代であり、これは通常売上げに比例するので、概算で、売上げ30万から80万で、経費は、21万5000円ないし26万5000円となる。従って、売上げに対する賃金の歩合率は、売上げ30万で28%、40万で44%、50万で53%、60万で59%、70万で64%、80万で67%となる。この賃金の取り決め以外に、労働条件は、事実上ないに等しい。
 @ この賃金は、賃金として見ると、まず労基法27条「出来高払い制の保障給」(120条:罰金30万円以下)に違反する。
 同条によれば、「出来高払制で使用する労働者」には、労働時間に応じて一定額の賃金保障をしなければならず、その保障給の額は、同条の趣旨が、労働者の最低生活を保障することにあるから、常に通常の実質収入と余りへだたらない程度の収入が保障されるように保障給の額でなければならない(昭和22年9月13日発基第17号)とされる。大体の目安としては、休業手当が平均賃金の60%以上だから、その程度が妥当とされている。この保障給を「定めないというだけで同条違反」が成立する(労基法上:基準局編ほか)。
 これに関連して、93号通達(平成元年3月1日基発第93号)では、歩合給が採用されている場合は、労働時間に応じ、固定的給与と併せて通常の賃金の6割以上の賃金が保障されるように保障給を定めなければならないとされている。
 従って、労働時間に応じて一定額の賃金保障がないことは、賃金の仕組み上、明白であるから、この違反は明らかである。
 A 次に、93号通達は、「累進歩合制度」(累進歩合的な効果を生ずる一切の賃金制度)は、廃止するとしている。これは、運賃収入等に応じて歩合給が定められている場合、その歩合給の額が非連続的に増減するものは、上のステップに到達するため、長時間労働やスピード違反などをさせる結果になりやすく、そのため交通事故の発生も懸念されるので廃止するとされたのである。
 上記のとおり、この賃金制度では、非連続は明らかであるうえ、会社が乗務員を募集する「新給与システム」の広告の記載では、「売上げ30万円を越える分は100%乗務員に支払われます」として、究極の累進歩合制度を推奨しているので、極めて悪質な93号通達違反である。
 B さらに、年次有給休暇(労基法39条6項)の不利益扱いの是正(法附則134条)では、年次有給休暇を取得したときに不当に賃金を減額させないこと(A 平均賃金、B 所定労働時間働いた場合の通常の賃金、C 健康保険法の標準報酬日額のいずれかを支払うこと)と規定されている。これがなければ、労基法39条、119条違反で、懲役6か月以下または罰金30万円以下、121条両罰規定による罰金もある。
 この制度下の就業規則に有給休暇の制度があるかは不明であるが、仮に有休制度の規定があり、標準報酬日額の支払などを規定していても、それは実態とまったく違い、架空であり、労基法違反は明らかである。

 以上のように、この「労働契約」について、労働時間、賃金、有給休暇などの労働条件の点から見ると、労働基準法などの著しい無視の実態が浮かびあがってくるのであり、実際には、この「オーナーズ制度」の下のタクシー運転者は、会社との名義貸し契約により、個人タクシー事業者とさせられているので、労働時間、賃金、有給休暇などの労働基準の規制観念は、意識としても生じる余地がないものと考えられる。のみならず、通常の個人タクシー事業者と較べて、少なくとも、会社へ支払う定額の一般管理費の分だけ余分の経費を、売上から天引きで差し引かれる経費として負担しているのだから、自らの収入をいくらかでも取得しようとすれば、どうしても、その労働は、長時間で休息のない運転や交通秩序を無視した営業にならざるをえず、ましてや究極の累進歩合賃金なのだから、過労運転、危険な運転は日常的になることが必至なのである。

第4章 「個人事業主」を前提とした経理処理

1 新日本グループ各社の「給与」システム

 別表は、新日本グループ内の企業のある乗務員の平成19年のある月の入出金の一覧表である。
 同社の乗務員に対する支払いは各月3回行われる。1、2の「オーナーズ入金明細書」の差引入金額と3の「給与」である。1、2の「オーナーズ入金」では、半月ごとの乗務員の営収額(納金額+チケット・クレジット)から、「経費」と「給与預かり」が控除される。
 経費は4の当月の月間経費を2回に分けて精算するものである。本例では4の月間経費合計19万2016円を1の経費8万円と2の経費11万2016円で精算している。また、3の基本給13万円の原資は「給与預かり」として乗務員の営収額からあらかじめ控除されている。

2 「給与預かり」の処理

 同社のシステムでまず目につくのは、給与預かり金と基本給との差である。
「入金明細書」の「給与預かり」金の合計は13万6500円(6万8250×2)だが、給与の「基本給」は13万円である。この6500円の差額は何を意味するのか。
 差額の6500円は基本給13万円の5%にあたる。そこで消費税処理との関連性が疑われる。
 同社では平成19年9月まで「基本給」が12万円で、10月から13万円となった。そして、基本給が12万円だった月の資料をみると、給与預かり金が合計12万6000円(6万3000×2)であった。差額の6000円はやはり基本給の5%に相当していた。
 したがって、同社は乗務員に対して支払う「給与」の13万円(あるいは12万円)を賃金として処理していない可能性がある。
 つまり、会社は「基本給」を消費税込み13万6500円(あるいは12万6000円)の「外注費」として経理処理しているとしか考えられないのである。
 この場合、差額の6500円(6000円)は仮払消費税として決算期まで会社に留保されることになる。
 もしそうだとすると、新日本グループ各社と乗務員との関係に労働契約の要素はなく道路運送法の禁止する名義貸し行為そのものであることを経理面から裏付ける根拠の一つとなる。関係行政機関は適正な調査権限を行使して、このような経理処理の観点からも同グループ各社の道路運送法違反を解明していくことが求められる。

3 社会保険料の負担

(1) 新日本グループの社会保険料処理
 別表の例で具体的にみていく。
 最大の特徴は、3の「給与」から健康保険料、厚生年金保険料、雇用保険料が控除されているほかに、4の月間経費においても一般管理費変動部門「摘要、福利厚生費等(健康保険・労災のみ)」として、別に保険料が経費として控除されていることである。
 本例でいうと、乗務員は給与から合計1万6168円の社会保険料を控除され、さらに一般管理費変動部門の経費として1万7273円を負担している。

(2) 健康保険料等
 健康保険料と厚生年金保険料は、いずれも原則として被保険者と事業主がそれぞれ保険料額の2分の1ずつを負担する(健康保険法161条1項、厚生年金保険法82条1項)。また、保険料額は標準報酬月額等と保険料率によって決められる。
 本例での、健康保険料5941円、厚生年金保険料9447円は、基本給13万円ランクの被保険者の保険料に大体一致する。(平成19年4月1日以降適用の「健康保険・厚生年金保険標準報酬月額および保険料額表」等参照)
 問題となるのは事業主である新日本グループ各社が負担すべき、保険料の残りの2分の1はどのように処理されているかである。
 結論からいうと、この事業主負担の2分の1の保険料は、一般管理費変動部門「福利厚生費等(健康保険・労災のみ)」の経費として、乗務員が負担させられている疑いが濃厚である。入手した他の月の資料でも、変動経費の額は給与から控除される社会保険料の額に約1000円程度を加えた金額という結果であった。
 これは健康保険料及び厚生年金保険料が事業主と被保険者の負担が各2分の1と同一であり、他方、労働保険料の負担は事業主分が多いことと符合している。
 もし、新日本グループ各社が本来事業主負担である健康保険料及び厚生年金保険料を被保険者たる乗務員に負担させているとするならば、健康保険法161条1項、厚生年金保険法82条1項に違反することは明白である。

(3) 労働保険料
 労災保険と雇用保険とをあわせて労働保険という。保険料は労働保険料として一本化され都道府県労働局が一元的に処理している。
 労働保険のうち、労災保険料は全額を事業主が負担する。また、雇用保険料については保険料率が全体で1000分の15に対し、事業主が1000分の9,被保険者が1000分の6を負担する。(平成19年4月以降。労働保険料徴収法30条)
 労働保険料額は、事業場に働くすべての労働者に支払う賃金総額に保険料率を乗じて算出する(徴収法11条)。また、労働保険の保険料率は、労災保険率と雇用保険率とを加えた率である。そして、労災保険料率は交通運輸事業については1000分の5.5である。 雇用保険料率は前記の通り原則として労使で1000分の15である。(平成19年4月以降。同法12条)  これらを踏まえて新日本グループ各社の労働保険料を具体的に検討してみる。
 別表で、当該乗務員は給与から雇用保険料として780円を控除されている。前記の法令に従えば、これは雇用保険料の15分の6に相当する。
 すると、これに対応する事業主負担の雇用保険料は、約1170円と推定される。また、この数値を基準に1000分の5.5にあたる労災保険料額を推計してみると、当該労働者1人分として715円程度と考えられる。もとより概算であるが、当該労働者が雇用保険料として月780円を徴収されているとすれば、これに対応する当月の事業主負担の労働保険料額は1885円(=1170+715円)程度と見込まれる。
 それでは、本来事業主負担であるべきこの労働保険料はどのように処理されているのであろうか。前記の一般管理費変動部門で「摘要、福利厚生費等(健康保険・労災のみ)」とわざわざ労災保険料にふれているから、労災保険料に相当する金額を乗務員に負担させていることはほぼ確実である。また、ここで雇用保険料の事業者負担分だけ除外しているとも考えにくいから、この分もあわせて労災保険料の事業者負担分全額を負担させているとみても不合理ではない。
 ちなみに本例の場合、5941円(健康保険料)+9447円(厚生年金保険料)+1885円(労働保険料)=1万7273円となり、前記の試算に基づく社会保険料等の事業主負担額と一般管理費変動部門の金額はピッタリ一致する。
 このように新日本グループにおける「企業内個人タクシー」「オーナーズ制度」と称する営業形態においては、本来会社が負担すべき労働保険料をすべて運転者の負担とさせている。これはまさに運転者を個人事業主として扱っているのであり、到底、労働契約ということはできないのである。
 また、もともと労働保険は原則として労働者を1人でも雇用している場合に、強制適用となる制度である。そうすると、新日本グループの乗務員は仮にそれが個人事業主であるとしても他人を雇用する関係にはないから労災保険料を納付すべき義務はない。
 したがって、その場合でも個人事業主性を理由として乗務員に労災保険料を負担させる弁解は成り立たない。新日本グループ各社の労働保険料処理は労働保険料徴収法30条に違反するものである。

(4) まとめ
 以上の通り、新日本グループ各社において、一般管理費変動部門の福利厚生費等として乗務員から控除している経費は、本来会社が負担すべき健康保険料、厚生年金保険料及び労働保険料の事業主負担部分をそのまま乗務員に転嫁して全額負担させている可能性が高い。これが事実とすれば、運転者を個人事業主として扱っているものであり、かつ同社の行為は健康保険法、厚生年金保険法、労働保険料徴収法に違反する違法行為の疑いがある。
 このような行為を放置することは同社と契約する乗務員の権利侵害にとどまらず、各種保険制度の健全な運営を損なうものであると同時に、労働契約を仮想した「名義貸し営業」をはびこらせることを意味し、当局の厳重な取り締まり、処分を求めるものである。


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