2006.4.22 自交総連タクシー運転免許法制化プロジェクト
タクシーの需給調整規制を廃止する新道路運送法が施行されてから4年余りが経過した。
自交総連は、一貫してタクシーの規制緩和に反対するとともに、その理論的・政策的裏付けとして、道路運送法改正案が国会に提案される前の1998年には、規制緩和対策プロジェクト報告「新たな段階を迎えたタクシー規制緩和と今後の課題」を関係者の協力を得てまとめた。
規制緩和が実施されて以降の経過は、このプロジェクト報告で警鐘を鳴らしたとおりの事態となり、その弊害は日々ますます顕著になっている。タクシー運転者の異常なまでの低賃金化と事業者モラルの崩壊、交通事故の増大、地域住民への迷惑など、このまま放置すれば、タクシーは利用者から信頼を失い、危険で不便な交通機関になってしまいかねない。いま、こうした危機的な状況を打開する方策が強く求められている。
自交総連では、2004年10月の第27回定期大会で「タクシー運転免許実現大運動方針」を決定し、そのなかで、増車・運賃競争ストップ、最低労働条件確保など当面の危機打開のための運動を提起するとともに、これまでの政策プロジェクトの成果もふまえ、規制緩和問題の根本的な解決策であるタクシー運転免許の制定をめざして、その立法化等の具体策を検討するため、タクシー運転免許法制化プロジェクトを立ち上げ、検討することにした。
本プロジェクトは、2005年11月4日に発足、同年12月18日と2006年3月4日に会議をひらき、@規制緩和後のタクシー事業の現状分析と当面する対策の提言、Aタクシー運転免許の法制化を中心とする具体的な方策の検討と提言――について論議し、この報告をまとめた。
この報告で提起した内容が、タクシー労働者の人間らしい労働条件の確立、タクシーへの信頼回復と事業の健全な発展に貢献することを願っている。
なお、本プロジェクトには以下の各氏が参加した。
学識者(50音順) 安部 誠治(関西大学教授) 安藤 陽(埼玉大学教授) 板垣 光繁(弁 護 士) 小賀坂 徹(弁 護 士) 小部 正治(弁 護 士) 須藤 正樹(弁 護 士) 田辺 幸雄(弁 護 士) 福田 昭生(全運輸委員長) |
自交総連 領家 光徳(委 員 長) 権田 正良(副委員長) 今村 天次(書 記 長) 小林 隆(書記次長) 菊池 和彦(書記次長) 石垣 敦(常任中執) 鈴木 勇(常任中執) 細川 秀司(常任中執) 浅井 大二(常任中執) 久保 義雄(常任中執) 緒方 満(常任中執) (敬称略) |
2002年2月1日、新道路運送法が施行され、タクシー事業は規制緩和された。新道路運送法は、旧道路運送法がタクシー事業において需給調整規制を行う旨定めていたのに対し、需給調整規制を廃止し、タクシーの新規参入・増車(保有車両数の増加)・営業区域拡大を原則自由とし、運賃の設定についても大幅に自由度を高めたものである。
以来、4年余りが経過するなかで、タクシー事業に関して、以下のような重大な変化が生じている。
(1) タクシー車両数の増加
新規参入許可申請・営業区域拡大認可申請・増車届出を合わせたタクシー車両数の増強(重複あり、個人タクシーは含まず)は、規制緩和直後の1週間で1500台、2か月で3000台を超え、以後も引き続き増加している。
これを、個人タクシー等も含め、かつ減車や廃業等を差し引いた実在車両数の変化でみると、規制緩和直前の2001年末のタクシー車両数は25万6114台だったのが、2005年末には27万2523台、台数にして1万6409台、率にして6.4%の純増となっている(図表1)。
この増加は、地方ごとにみると大都市部に集中しており、政令指定都市や中核都市を抱える都道府県では大きく増加しているのに対し、秋田・群馬・茨城・佐賀など減少している地方も8県ある。
(2) 運賃値下げ競争の発生
国土交通省がまとめた2005年5月末現在の「タクシー運賃の多様化」状況(図表2)によると、上限運賃より約10%の幅で設定されている自動認可運賃の下限を下回る運賃や遠距離割引、深夜早朝割増率の引下げ等、全国で多種多様な運賃・料金の変更がなされている。これらはすべて運賃の値下げ・割引に該当するものである。
この運賃の値下げ競争も地域的に偏在しており、大阪府のように46種類の運賃が存在し、遠距離割引を採用する車両が全体の8割前後にまで達する状況となっているところがある一方、目立った運賃値下げが行われていない地域も存在している。
(3) タクシー需要の停滞、1台当たり営業収入の減少
増車と運賃値下げ競争にもかかわらず、タクシーの需要は停滞している。
規制緩和直前の2001年度のタクシー輸送人員は全国で23億4400万人であったのが、2002年度は23億6600万人(0.9%増)になったにすぎず、2003年度には23億5300万人へと逆戻りしている(図表3)。
営業収入は、運賃値下げによる運賃単価の減少も影響して、2001年度の2兆1523億円が、2002年度には2兆1213億円(1.4%減)、2003年度には2兆1064億円(2.1%減)と連続して減少している。
タクシー台数が増加しているにもかかわらず、総営業収入が減少した結果、タクシー1台当たりの営業収入は、2001年度830.9万円だったのが2002年度は805.7万円(3.0%減)、2003年度は788.5万円(5.1%減)に低下している。同様にタクシー運転者一人当たりの営業収入も、2001年度の527.7万円が2002年度520.5万円(1.4%減)、2003年度は494.1万円(6.7%減)へと大きく減少している(図表3)。
長期的にみると、規制緩和前は、輸送人員と車両数と営業収入は、ある程度比例して増減していたのに、規制緩和後は、タクシー台数の増加や運転者数の増加にかかわらず、輸送人員は停滞したままであり、営業収入に至っては、反比例して減少していることが分かる。
(1) タクシー運転者の労働条件の低下とその劣悪な水準
タクシー運転者の賃金は、事業場外労働という特質から、そのほとんどが出来高払い制賃金すなわち歩合給主体の賃金となっている。こうした賃金制度のため、タクシー運転者一人当たりの営業収入の低下は、直接的にタクシー運転者の賃金・労働条件の低下を招いている。
タクシー運転者の年間賃金は、全国平均で2001年に298.97万円であったのが、2004年には269.42万円まで9.9%も低下している(図表4)。なお、同統計によるタクシー運転者の平均年齢は2004年で54.6歳である。
タクシー運転者の賃金低下はすでに1992年から始まっており、規制緩和の直前の2001年までに83.18万円低下していた。規制緩和は、この賃金低下に拍車をかけたかたちである。
1991年当時(最高時)の賃金と2004年の賃金を比べると13年間で112.73万円、29.5%もの低下となっている。
一方、2003年の男子常用労働者の全国平均の年間収入は519.82万円であり、タクシー運転者のそれとは243万余円もの格差が存在している。さらに、タクシー労働者の労働時間の長さを加味して時間当たり賃金額で比較すると、タクシー運転者は1110円、男子常用労働者は2596円であり、タクシー運転者はじつに半分以下の43%の賃金水準にしかすぎない(図表5)。
この賃金水準を都道府県ごとに県庁所在地の4人家族の生活保護基準額と比較すると、35道府県においてタクシー運転者の賃金が生活保護基準額を下回るという実態になっている(図表6)。
さらに、最低賃金法で定められた地域別最低賃金と比較すると、徳島・大分・宮崎の3県については、県内タクシー運転者の平均賃金が地域別最低賃金を下回っており、これらの県では県内タクシー運転者の大多数が最低賃金法違反に該当しているという事態が想定される(図表7)。その他の地方でも、数多くの最低賃金法違反が続出していることは周知の事実であり、2004年の厚生労働省の監督実施結果によると、監督を実施した678事業場中86事業場(12.7%)で最低賃金法違反が確認されている。
(2) タクシー運転者の長時間労働と健康状態悪化
タクシー運転者の労働時間は統計に表れた数字でも年間2464時間(2004年)に及んでおり(図表8)、男子常用労働者平均の2002時間(2003年)より400時間以上多い。しかも、労働時間の統計は、いわゆる「サービス残業」や労働時間規制の逸脱を隠すために、経営者が正確に回答していない(調査に協力していない)場合もあることから、実態は2464時間をはるかに上回っているものと思われる。
人間の生理に反する深夜を含む不規則な勤務時間を余儀なくされ、狭い車内に座りっぱなしで、運転や接客による精神的緊張が連続するという、ただでさえ過酷な勤務に加えての長時間労働は、タクシー運転者の健康に深刻な影響を与えている。
国土交通省自動車交通局が公表している「運転者の健康状態に起因する事故等の発生状況」(図表9)によると、タクシー(ハイヤーを含む)を運転中に脳出血など突発的な病気を発症したことにより発生した事故等は、規制緩和前の1997年から2001年の5年間は平均して8件であるのに、規制緩和以降急増し、2002年は17件、2003年20件、2004年21件と年々増加している。
また、東京の向島労基署が管内のタクシー運転者の健康状態を調査したところ、有所見率が87.7%にも達し、都内労働者平均の45.1%を大きく上回る結果となったため、2003年7月に東京労働局長が都内のタクシー事業者に、運転者の健康確保対策を強化するよう特別の要請をする事態となっている(図表10)。
(3) 安全への影響
タクシー運転者の劣悪な労働条件は、タクシーの安全性に重大な影響を与えている。
タクシーの交通事故件数は、規制緩和前の2001年に2万4037件だったものが2005年には2万5110件と4.5%増加している(図表11)が、この事故の増加には三つの特徴がある。
一つは、事故の増加は1992年からすでに始まっているが、バブル経済の崩壊により、タクシーの営業収入が低下し始めた1991年を起点にタクシー運転者の賃金は年々低下し続け、それと反比例して事故は増加し続けている。
とくに、規制緩和後は、増車率が異常な高さを示し、大幅な営業収入の低下、賃金減の著しい地方において事故件数は増加している。
二つめに、都道府県ごとに差が大きく、都市部では事故が増加し、地方・郡部では事故は増えないという傾向を示している。タクシーの営業形態は、都市部では「流し」主体、地方・郡部では車庫待ち・駅待ちが主体である。乗客を求めて走り回る都市部において顕著に事故が増加するのに対し、車庫待ち等の場合は、乗客がいなければ走ることもないので事故は増えない。
三つめに、自動車全体の事故の増加率と比べてタクシーの増加率は突出して高い(図表12)、(図表13)。100万走行キロ当たりの事故件数をみると、タクシーの事故はもともと全自動車平均より少なかったのが、1996年には全自動車を上回り、2003年には1991年の2.10倍に達している。この間、全自動車の事故は1.19倍になっているに過ぎない。
以上のような特徴から、タクシーの事故増加の要因は明らかであろう。
タクシー運転者の賃金は営業収入に比例するので、営業収入が低下すれば、収入確保のために、早出・残業や公休出勤などで労働時間を伸ばすか、スピードアップや乗客の奪い合い・長距離客の選別などで効率を上げるかしかない。すでに生活確保ギリギリの低賃金状態に置かれている運転者にそのような無理な競争を強いた結果、長時間労働による過労運転や不注意運転、乱暴運転となり、事故に結びつくのである。規制緩和は、まさに、この傾向を加速させる効果をもたらしている。
自交総連が実施したタクシー運転者へのアンケート結果(図表14)によると、回答者9153人のうち、規制緩和後に事故を起こしたりヒヤリとしたことが増えたか、との問いに54.6%の人が「増えた」と答えている。その原因として思い当たることを聞くと、「よくある」と「時々ある」を合計して、「長時間労働で眠気が押さえられない」が73.2%、「疲れて安全確認がおろそかになる」が70.3%、「あせってスピードを出しすぎる」が66.2%、「生活悪化で精神的に不安定になる」が55.3%、「客を乗せようと急に車線変更する」が54.5%に達している。営業収入を確保しようとして、過労やあせりから注意力低下や無理な運転となっており、それが事故に結びついていることが分かる。
(4) サービスの低下、安心の喪失
安全と並んでタクシーの重要な要素であるサービスも低下している。
タクシーは、狭い車両内で運転者が乗客と1対1で対応するものであるので、サービスの質は、運転者の資質いかんによるところが大きいが、規制緩和によって大幅に低下した賃金は、運転者の質を低下させずにはおかない。
近距離客の乗車拒否や迂回走行をはじめ、あいさつもしない、乱暴な言葉遣い、道を知らないなど、運転者の資質にかかわる問題が発生している。
低賃金により、タクシーの運転者という仕事では、家族を養うということはもはや困難になり、30〜40歳代の働き盛りの労働力は流出し、若者からは敬遠されている。高齢化が進み、東京タクシーセンターの資料によると、法人タクシー運転者のうち50歳以上が76.0%を占め、60歳以上も34.4%になっている(図表15)。高齢化それ自体がサービスの質を低下させるわけではないが、他に転職の途がほとんどない50歳以上の労働者しか残っていないという実態は、タクシーの将来の展望を閉ざすものであろう。
最低限の生活すら確保できないような劣悪な賃金を放置するならば、サービス面での改善は望めないことは明らかである。
(5) 市民生活及び環境への影響
規制緩和でタクシー台数が増えたことにより、都市部の駅や繁華街などでは、客を待つ空車のタクシーが長蛇の列をつくっている。タクシープールには到底入りきれず、周辺の道路に2重3重に停車して車線をふさぎ、歩行者の迷惑となっているばかりか、バスの乗降を阻害したり緊急車両の通行を妨害したりさえしている。目前の道路をタクシーに占拠される商店街にも多大な悪影響を与えている。
乗客獲得のために、あえて交差点や横断歩道などの駐停車禁止区域に停車する車両もあり、交通取締りとのいたちごっこが続いている。
大量のタクシーが排出する排気ガス、二酸化炭素も問題である。乗客を乗せているならばともかく、実車率が年々低下していることにより、乗客を求めての空車走行や長時間の客待ち中のアイドリングによる無駄な排出物が増えていることになる。
(6) 生活交通確保への影響
規制緩和は、過疎地・郡部においては、撤退・廃業の自由による生活交通の破壊、住民の交通権の阻害をもたらしている。営業区域の拡大が容易になったので、郡部のタクシー事業者が都市部に営業区域を拡大して、郡部では営業しなくなる例もある。
鉄道の廃線や路線バスの廃止が続くなか、最後に残されたタクシーも廃業して、一切の公共交通機関が存在しない村も生まれている。
このような事態は、マイカーを運転することのできないお年寄り、障害者、通院患者、子どもら移動制約者にとっては、極めて深刻な影響を与えており、移動の自由が奪われ、病院にも行けないという生存権すら脅かされる事態が生じている。
規制緩和はまた、タクシー経営者の経営手法にも大きな影響を与えている。
激しい過当競争のなかで事業者がとる生き残り戦略が、業界全体のモラルの低下を招き、一部に安心・安全は二の次にして「儲かりさえすればいい」という悪しき傾向を生んでいる。
(1) 賃金制度の改悪
タクシー1台当たりの営業収入は年々低下しているが、このような状況下で経営者が真っ先に手を着けるのが賃金制度の改悪である。すでに1990年代から顕著になってきた固定給をなくして完全歩合給制にするという流れは、規制緩和後いっそう加速し、完全歩合給制のなかでも累進歩合制度の採用が広がっている。
累進歩合制度というのは、営業収入が少なければ少ないほど歩合率も低くする方式であり、例えば1か月の営業収入が50万円の時は歩合率50%、40万円のときは40%というように定めれば、会社の取り分はそれぞれ25万円と24万円で、ほとんど変わらない。
このような賃金制度の採用により、経営者は、ただ車を増やして運転者を確保しさえすれば、営業収入が低下したとしても一定の利益が確保できることになる。本来、市場競争の結果として生み出されるはずの需要の開拓や品質向上の努力よりも、増車による利益増という安易な道が選択されるようになるのである。
(2) リース制・名義貸し経営と企業の
責任
こうした経営姿勢が究極の形であらわれたのが、リース制や名義貸しという事業形態である。この方式は、極端に言えば、一定のリース料を運転者に納めさせてしまえば、経営者は後はもう何もやることがない。
24時間働いて過労運転となろうと、どんなサービスであろうと関知しないし、事故を起した場合にも運転者自身に一切の処理をさせる、税務申告さえ運転者にさせるという経営者まで出現した。
一方、運転者は、リース料を上回る部分が収入になるという極度の累進性を持った賃金形態のもとで、自らを長時間労働に駆り立てることになる。
法人タクシーが主流を占めるというのは日本のタクシーの特徴であるが、リース制や名義貸しのような無責任経営がはびこれば、労働時間管理や乗客への万一の保障といった法人タクシー企業の利点は失われてしまう。まさに、企業の社会的責任(CSR)を投げ捨てるものといわざるを得ない。