タクシー運転免許法制化プロジェクト報告(つづき)

V タクシー運転免許構想への接近と政策課題

1.タクシー運転免許の法制化とタクシーセンター

(1) 現行制度の概要と問題点

 タクシー事業は、個々の運転者自らが自動車を運転しながら利用者を獲得しサービスを提供するという典型的な事業場外労働となっていることから、その安全性の確保及び良質なタクシーサービスの提供をはかるには、運転者の資質や労働環境によることが極めて大きい。
 そこで、わが国では現在、タクシー運転者の資格としては、運転者の一定水準以上の運転技能を確保するため、運転者は運転免許経歴が3年以上、21歳以上の者であって、第2種運転免許を有する者に限られている。また、日雇い・アルバイトなどの短期雇用による運転者の選任は禁止されている。さらに東京・大阪では、タクシー業務適正化特別措置法に基づき運転者の登録制度が導入されており、タクシーセンターにおいて地理試験合格等を要件に、登録を受けた運転者でなければ指定地域内で乗務できないことになっている。
 しかし、いずれの制度も「地理不案内」、「接客態度不良」や「運転操作不良」等の苦情が利用者から寄せられるなどタクシー運転者としての資質と技能を充分にチェックする役割を必ずしも果たしていない実情にある。他方、運転者登録制度は悪質運転者の排除を主要な目的としており、タクシーセンターの高圧的な取締り主義によって運転者にとっては処罰制度として受けとられている側面がある。
 自交総連では、そうした実情をふまえて、タクシー輸送の安心・安全を確実に実現する方策として、国家資格制度としてのタクシー運転免許の導入を提案してきた。いうまでもなく、国家資格とは、法律に基づいて国または国の指定した機関が、試験を行うものであり、たとえば医師、看護師、弁護士、栄養士などが国家資格で、資格をもっていない者はその職業につけない。
 重要なことは、タクシー事業の次代を担う人材を育成し続け、輸送の安心・安全を常に確実なものにしていくことである。21世紀における事業の明るい将来は、運転者に高いプライドをもたらし、社会的向上にもつながるタクシー運転免許の法制化を可能にしてこそ、確実で決定的な一歩を踏み出すことができると確信する(図表17)(図表18)

(2) タクシー運転免許の内容と三つの意義

 自交総連が提案しているタクシー運転免許の法制化は、運転者の法的地位を確立し、その人材養成と資質のチェックを通じてタクシーシステムに良質な人材を確保することを目的としている。
 とくに運転者の資格要件として、@安心・安全な輸送確立に必要な技能及び法令知識と順法精神、A接客サービスと福祉・介護輸送への対応における知識、Bプロドライバーたるにふさわしい地理知識の三つが求められる。したがって、国家資格制度の導入によってタクシードライバーの資質を確実に向上させることができ、タクシーの安心・安全を確保し、ますます重要性を増している福祉、介護分野での輸送充実をはかることにも役立つ。また、この制度は「良貨が悪貨を駆逐する」仕組みとしても有効に機能するであろう。
より高度化された新しい資格を得ようとするのは、その資格に見合う待遇が約束されることをあらかじめ期待していることを意味する。タクシー運転免許を得てどこかで働こうとする場合、それなりの労働条件が保障されなければ、つまり条件が悪いところでは働かないという運転者の“働き方の選択権”を広げる効果を生む。現在、増車・運賃値下げ競争のなかにあって、法律を守らず競争ルールを無視する、あるいは労働組合を敵視し存在さえ否定する悪質企業が市場を席巻し始めているが、この制度は、こうした流れを断ち切り、事業の健全な発展をはかる上でも極めて重要な制度である。
 さらに、この制度は限られた「運転者の数」を通じて実質的な需給調整効果をもたらすことができるという点で特別な意義をもっている。限られた一定の運転者の数そのものが、稼働する台数、つまり供給量そのものの抑制効果をもたらすからである。
 自交総連は2001年9月、タクシー運転免許の法制化を実現するための具体化として、『タクシードライバー法案大綱』を取りまとめ、世論喚起と国民的合意を得るためのとりくみを進めてきた。いま、タクシー規制緩和の検証と見直しの議論が広く行われるようになった。タクシー運転免許の法制化が、もうひとつのタクシー、確かな再生にむけた解決策として国民的討論のテーマとなるよう期待したい。

(3) タクシーセンターの位置付けと改革の方向

 タクシー業務適正化特別措置法に基づく指定地域については、違法な日雇い・アルバイト雇用の防止や地理試験の高度化、研修制度の充実及び透明で公正な運営の確保が必要とされなければならない。また、現在、東京・大阪のみとなっている指定地域について、少なくも政令指定都市まで拡大することが当面の緊急措置として求められる。
 指定地域における措置では、タクシー運転免許制度との整合性を考慮しつつ、@良質な運転者を確保するための事前チェックを第一義的に重視し、事後チェックで補完する、A違法なアルバイト運転者などの登録は厳格なチェックをもって防止する、B業務内容に必要な適正な検査と地理試験をプロドライバーの名に値する内容のものとして強化することが不可欠である。
 背後責任(事業者の責任)を問わず、タクシー運転者のみに懲罰的制裁を加えるなどタクシーセンターのあり方そのものにも問題が多い。公正、教育・指導、公開の原則を尊重するほか、背後責任とその改善方向を審議する、センターをそのような機関としても明確に位置付け、改善をはかる必要がある。
 また、事業者負担を主たる収入とする事業運営は、実態として中立性が薄く、事業者優位の弊害を招く要因ともなっている。よって事業者からの負担金徴収は原則として行わず、国の責任によって必要な財源を確保する公的助成措置を講じるべきである。/P>

2.タクシーとスペシャル・トランスポート・サービス

(1) 移動制約者の交通権の確保

 わが国の高齢化は急速な勢いで進行しており、今後、全人口に占める高齢者の割合は世界のなかでもトップ水準のものになると予想される。そのための社会基盤の整備が現在大きな課題となっているが、そのなかの重要な一つがスペシャル・トランスポート・サービス(STS)の拡充である。STSは、高齢者や障害者など移動制約者の移動に対するニーズを個別的に満たすための輸送サービスであり、タクシー事業の分野では福祉タクシーや介護タクシーなどがその代表的実例である。
 身体障害者や高齢者、要介護者の輸送に関して、自交総連は早くから先進的な政策を確立してとりくみ、今日では各地で多くの実践、経験を蓄積させてきている。とくに、福祉タクシーの拡大、自治体補助の充実やホームヘルパー資格を有しての介護タクシーのとりくみなど運転者自らの資質を高める努力を行ってきた。こうした到達点をふまえ、移動制約者の交通権(移動の権利)を守り、社会参加を広げる条件づくりにむけて社会的役割を果たすことが望まれる。

(2) 福祉有償運送の問題点と課題

 NPO団体などによる福祉有償運送が2005年4月の国交省ガイドラインで認められ、全国的な広がりを見せている。これは、福祉輸送に限定しての共同輸送システムであるが、運転者の第2種運転免許義務付けは見送られ、運送対価はタクシー運賃の2分の1以内とされるなど人命輸送に関わる条件としては極めて問題が残る。運行管理者の配置、事故発生時の損害賠償能力など必ずしも充分な体制が確立されているとはいえず、白ナンバーの有償運送で、本当に安全輸送が担保されるのか危惧される。
 さらにまた、自家用車の有償運送が「登録制」に法制化される。有償運送の明文化は、市町村やNPOなどの自家用車福祉・過疎地有償運送は地域旅客輸送の形態が多様化し、個別ニーズが急増している背景があるといわれる。
 本来、公共輸送機関であるタクシーが利用者のニーズに応え、社会的要請に対応する必要があるが、タクシー企業はSTSにおける社会的責任を再認識し、複数以上の会社による共同運行の検討を行うなど積極的な対応が求められる。
 地方自治体・行政は、公共輸送機関を利用する原則を確立した上で、タクシーが担うべき役割を提起し、安定した持続可能な輸送システムの確立に努めるべきである。

(3) タクシー専用車両の開発、補助措置の拡大

 福祉タクシーや介護タクシーを真に利用しやすくするためには、専用車両の開発、負担軽減をはかる公的助成措置の充実が必要不可欠である。
 近年、こうした分野における国・自治体の対応は残念なことに徐々に後退しつつある。国と自治体の責任で福祉タクシー制度を確立し、運賃への補助額を引き上げるとともに、対象者を身障者に限定することなく、高齢者、妊産婦などにも拡大すること、また、介護タクシーサービスでは、乗車前後の介助と移送を含め介護報酬の算定対象とすることが必要である。さらに、乗り降りがしやすく、車椅子も積めるなど利便性をふまえたタクシー専用車両を国とメーカー、事業者の責任で開発すること、導入に際しては、国と自治体が購入費の補助や税制上の優遇措置を与えることなどが求められる。

3.タクシー政策決定への利用者・労働者の参画

 タクシーは、地域交通の一翼を担う公共輸送機関であり、そのあり方と発展方向は地域の総合的な交通政策のなかに位置付けられるべきである。その点で、地域住民、地方自治体との関係強化をはかり、タクシーへの理解を広げるとりくみが求められる。
 これまで、地方自治体にはタクシー問題を担当する部局自体が存在していなかったが、近年、駐停車車両による交通渋滞の解消や環境保全、住みよい安心・安全な街づくりの面から改善対策や交通政策の確立に関心を寄せる地方自治体が増えつつある。今後、規制緩和の弊害が各地に拡大するにつれて、こうした傾向はいっそう強まるであろう。重要なことは、地方自治体が地域交通政策を策定する際、タクシーを地域公共交通の不可欠な手段として位置付け、地域の実情にあったタクシー政策を確立することである。
 望ましいタクシー政策が遂行されていくためには、最大の利害関係者である利用者、ならびに労働条件の水準がタクシー台数や運賃水準のあり様に大きく拘束されているタクシー労働者の意見が反映されるような透明性の高い政策決定システムを制度的に確立することが必要である。自交総連は、地域社会に密着したタクシー政策の確立を願い、「利用者・住民、タクシー労働者の声が反映する『タクシー地域協議会』を制度的に設け、地域実情に見合ったタクシー輸送のあり方と健全な発展への施策について検討し、具体的な推進をはかるシステムを確立する」ことを提案している。
 将来的には、地域分権の確立を基礎に、利用者・住民、事業者、タクシー運転者の声が反映する官民合同の委員会を設け、タクシーサービスのあり方や適正なタクシー台数、運賃などの重要事項の決定権を与えるようなシステムの確立をはかることを求めている。

お わ り に

 タクシーは都市圏のみならずローカル圏においても、ほぼバスに匹敵する交通体系の一翼を担う重要な公共交通手段である。
 2002年2月、改正道路運送法の施行によってタクシー事業の規制緩和が実施された。当時、規制緩和によって利用者サービスは向上し、新規サービスの開拓とあいまって市場は拡大し、利用者、運転者、事業者のそれぞれにプラスの成果がもたらされる、とさかんに喧伝された。しかし、4年が経過して現実はどうであったか。
 本報告書で明らかにしたように、タクシー事業の規制緩和は多くの否定的な結果を生んでしまった。とくに深刻な影響を受けているのはタクシー運転者である。
 タクシーという交通手段の顕著な特性は、そのサービス要件の基本をなす安全性ならびに安心の確保が、タクシー運転者の資質に大きく依存しているという点にある。運転者を過当な競争にかりたて、その労働環境を不安定な状態に追い込んでしまうと、安全性や安心度が損なわれ、タクシーサービスの水準は全体として低下してしまいかねないのである。これは利用者にとっても深刻な問題である。
 年々輸送量を減少させているとはいえ、タクシーの年間輸送人員はなお23億人を超えている。タクシー事業は前述したように公共交通の一翼を担う重要な産業なのであり、それはタクシー運転者によって支えられている。しかし、まじめに働いても家族を扶養することができない賃金しか与えられないような産業が、良質の人材を確保し続けることは無理というものである。
 こうした現状を改善するための方策の一つとして私たちは「タクシー運転免許」の新設を提言する。もとより「タクシー運転免許」が実現されたからといって、タクシー事業の問題点のすべてが解消されるというものでもない。しかし、この制度はタクシー事業の新しい規制方式としてタクシー運転者の現況の改善に大きく資するものとなると思う。
 この制度は国家資格制度である。その実現のためには立法行為が必要となる。国土交通省など関係機関がこの提案を真摯に受け止め、その実現にむけた立法準備作業に早急に着手されることを切に望む。

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