タクシー運転免許法制化プロジェクト報告(つづき)

U タクシー規制緩和の問題点と必要な規制強化の方向

1.タクシー規制緩和の失敗とその要因

 規制緩和は、市場競争を促進し、利用者利便の向上をはかり、需要の拡大により事業は発展し、そこで働く労働者の労働条件も向上するというのが、道路運送法改正当初の目的であったはずであるが、実態はまったく逆の結果となってしまっている。
 このような結果は、私たちが1998年の規制緩和対策プロジェクト報告ですでに警告していたとおりの事態である。その要因を改めて振り返ってみたい。

(1) タクシー市場の特殊性

@ 消費者が選択ができない

 一般に規制緩和の利点は、競争によって、経営の効率化がはかられ、価格が低下したり、品質が向上し、消費者の利益となるというものである。しかし、そのような効用が発揮されるためには、前提として、消費者が自ら把握している情報に基づいて、より品質が良く、より安い商品・サービスを選択することによって、良いものが選ばれ、悪いものは淘汰されるというメカニズムが働かなければならない。  ところがタクシーの場合、商品・サービスに関する情報が供給者の側に偏在しており、消費者(利用者)は充分な情報をもっていない。
 情報の偏在だけでなく、通常は特定の乗車希望場所でできるだけ早くタクシーをつかまえて乗ることに意味のある交通手段であり、このため選択が機能しにくいこともあげられる。
 また、タクシーのサービスが良いか悪いかは乗ってみなければ分からないうえ、タクシー自体が移動体であって、どの場所にどのタクシーがいるかは利用者には予測できない。
 さらに、初めての街でタクシーを利用する場合を考えれば、走行している道が目的地までの最短コースなのか、乗り込んだタクシーが地元でどんな評判なのかなどはまったくわからないであろう。
 こうした市場では、競争による淘汰のメカニズムが働かず、悪質でサービスが悪い者がいつまでも生き残ったり、逆に良心的でサービスが良いにもかかわらず利用者に選んでもらえないなどの結果も生じることがある。

A 追加的需要が発生しない

 タクシー市場においては、規制緩和による競争は追加的な需要を発生させない。
 携帯電話やパソコンなど一般的な商品の場合は、価格の低下は追加的な需要を呼び起こす。しかし、タクシーは、それらの商品と違って、消費者が毎日利用するものではなく、利用すればそれ自体によって生活が豊かで便利になるというものでもない。他に代替手段がない場合に特定の条件(終電に乗り遅れた等)や特別の目的(通院や観光等)のために利用するものであり、値段が下がったからといって、用もないのにタクシーを利用したり、目的地より遠くまで乗ろうということはありえない。
 しかも、タクシーの需要は、マイカーの普及という構造的な要因により、数十年にわたって長期低落傾向を続けている。すでにマイカー所有の成熟段階に入ったわが国においては、値下げによってタクシー需要の規模が拡大するということは想定できない。
 規制緩和によるサービスの多様化が新しい需要を開拓するのではないかという期待も実現しなかった。今後のタクシーの新しい需要として期待されている障害者・高齢者ら移動制約者の利用も、残念ながら拡大していない。
 要介護者の移送を行う介護タクシーは、2000年には全国の利用回数3万3233回であったのが、2003年には282.0万回にまで急増した(図表16)。一見、規制緩和後に需要を拡大させたようにみえるが、原因は規制緩和ではない。2000年に介護保険制度が発足し、移送介護について最低でも2100円の介護報酬が保険から支払われることになったため、その介護報酬でタクシーの運賃もまかない実質的に運賃は無料で運行する介護タクシーが急増したためである。ところが介護保険制度が2003年に改悪され、介護タクシーの報酬が1000円に引き下げられ別途運賃をもらわなければならなくなった途端に介護タクシーの利用回数は急ブレーキがかかり、2004年には前年比マイナスの281.8万回にとどまってしまった。そもそも282.0万回という利用回数自体が23億5300万人というタクシーの輸送人員から比べると0.1%程度にすぎないのであるが、それさえも福祉政策の改悪によって伸びが抑えられてしまったわけである。
 移動制約者のタクシー利用を阻んでいる最大の要因は、(負担能力に対して)高い運賃であり、仮にこの運賃が1〜2割程度割引かれたからといって、直ちに需要が増えるとは考えられない。仮に半額とか3分の1程度になれば需要も広がるかもしれないが、そうなると、コストの面ではまったく採算が合わなくなる。
 福祉分野の需要拡大は、タクシーの未来にとっては、極めて重要な分野であり、国と地方自治体が福祉輸送へ必要かつ充分な補助を出すということになれば、需要拡大も展望できるのであるが、そうした補助は出さずに、規制緩和のみで需要を掘り起こそうといっても無理だといわざるを得ないのである。

B コストダウンが困難

 タクシーの場合、工業製品と違って、技術革新による合理化・コストダウンという効果はほとんど期待できない。
 一人の運転者が1台の車を運転するという基本形態を変えることはできず、一人で何台も運転することはできないので、工場でテレビを作るように労働者一人当たりの生産台数を増やすような効率化は期待できないし、乗客の個別の需要に応じて各方面に運行するのであるから、バスや鉄道のように車両を大型化して一度に運べる乗客を増やしても意味をなさない。
 考えられる合理化は運行の効率化ということであるが、これらの点はすでに無線配車やGPSの導入等規制緩和以前から実施されているところであり、しかも、利用者が乗りたいときにすぐ乗れるというためには、常に一定割合の空車が存在していなければならないので、この点でも効率化には限界がある。
 結局のところ、タクシーにおいての価格低下は、大量生産によるコストダウンができない以上、総費用の70%以上を占める運転者人件費を抑制することによってしか達成することができないということになる。

(2) タクシー労働市場の特殊性

 人件費の抑制という点では、タクシーにおける歩合給制という賃金制度は、極めて経営者(雇用者)に都合がいい。
 需要が拡大しないにもかかわらず、運賃値下げや増車をすれば、当然タクシー1台当たりの営業収入は低下する。その際、タクシー運転者の賃金は「営業収入×○○%」という歩合給制なので、営業収入の低下に応じて賃金も自動的に下がることになり、経営者は、総売上げに対する人件費の増大による収益性の圧迫を考慮する必要がない。
 仮に、運転者の賃金が固定給で、1台当たりの営業収入が減少しているのに、運転者には以前と同じ固定額の賃金を支払わなければならないのであるのならば、企業の利益が圧迫されるので、経営者は需要喚起を伴わない値下げや増車はおのずと抑制するはずである。一般産業の経営者ならば、当然に慎重に予測して判断すべき過剰な設備投資や損益分岐点を下回るような価格低下による経営悪化を、タクシーの場合は、ほとんど考慮しなくとも経営の維持が可能なのである。
 そして経営者は、値下げもしくは増車によって1台当たりの営業収入が減少したとしても、台数を増やすことで企業全体として総売上げを維持または増加させることができる。追加的需要が呼び起こされない実態にもかかわらず、それを承知で、値下げや増車という経営戦略が、将来の需要予測という経営上の基本的な判断を経ることなく、極めて安易に選択されることになる。

(3) 必然的に増車・値下げ競争が激化する産業構造

 以上に述べたようなタクシー事業の特質に起因して、タクシー事業においては、増車や値下げ競争が限界を超えた過当競争にまで突入する。
 タクシーの増車が大都市部でのみ顕著であることは前述したが、それは、大都市部においては「流し」営業という営業形態が行われているからである。大都市部では、タクシーは乗客を求めつつ街中を走り、駅や繁華街のタクシー乗り場で客待ちをする。この場合、乗客は、運賃が変わらないのであれば、特定のタクシー会社や特定のタクシー車両(運転者)を選択するということがほとんどなく、手を上げて止まった車、乗り場に並んでいる車に順番に乗るというのが普通である。消費者による選択が働かないので、あるタクシー車両が乗客を得られる確率はどのタクシー車両も変わらないということになる。  企業の側から考えると、市場における保有台数比率(シェア)それ自体が総売上げの多寡を決めることになるわけである。
 追加的需要のない限られた市場におけるシェア競争では、1社が増車すれば、その会社は一時的に増収になるが、それ以外の会社は自社のシェアが侵食されるので減収になり、対抗上増車せざるを得なくなる。全社が増車してシェアが従来どおりに均衡しても、再びどこかの会社が増車すれば、同じことが繰り返され、限りない増車競争に突入することになる。
 運賃の値下げ競争についても同様で、1社が値下げをすれば、その会社は一定の乗客の増加が得られるであろうが、それは他社の乗客を奪ったということにほかならず、対抗上、他社も値下げせざるを得なくなり、結局、全社が追随値下げをすることになる。
 これらの競争の過程で、1台当たりの営業収入、運転者の賃金は連続的に低下することになる。

(4) 事後チェック、緊急調整措置の不備

 政府・国土交通省は、規制緩和に当たって、予想される弊害の除去策として、事後チェックの強化や緊急調整措置の導入をはかったが、こうした措置は、ほとんど焼け石に水の効果しかもたらしていない。事後チェックは、タクシー事業者数や違法行為の規模に対して、チェックを行う人的体制が到底追いつかない状態が続いている。緊急調整措置は、発動要件が厳しすぎて、実際に緊急調整地域に指定されたのは全国で沖縄本島地域のみであり、それも指定直前の駆け込み増車を引き起こした。
 混乱の拡大に、国土交通省は2005年から2006年にかけて、監査強化や最低賃金法違反の相互通報制度の充実、緊急調整措置の発動要件一部見直しなどの対策を行った。
 しかし、そもそも、タクシー事業が持っている特性に起因する問題を、本質には手を触れずに、対症療法的手法で解決しようとしても無理がある。
 タクシー規制緩和の失敗は、タクシー市場、産業構造の特性をまったく顧みることなく、「競争すればよくなる」といって規制緩和を強行した結果にほかならない。

2.特性からみた規制の必要性とタクシー運転免許の法制化

(1) 運転者の資質向上の条件

 タクシーは、一人の運転者が乗客の目的地指定に基づいて、いわゆるドア・ツー・ドアの輸送を行うものであり、また運転者が乗客を求めて(営業)、輸送を行い(生産と販売)、運賃を収受する(集金)という自己完結的な労働によって遂行される。したがって、タクシーサービスの安全性と快適性の確保は、何よりもタクシー運転者の自覚と努力なしには実現しない。運転者と乗客が相対(あいたい)関係にあるタクシーでは、安心感が大前提になることも重要な要素である。
 しかし、現状のタクシー運転者の労働条件は極めて過酷であり、「衣食足りて礼節を知る」という基礎的条件がまったく担保されていない状況下にあっては、疲労と生活上の不安を抱いている労働者に対して、タクシーの使命を自覚し質の高いサービスを要求したとしても必ずほころびが出ざるを得ない。少なくとも現状の低賃金、長時間労働の構造を放置したままでは、タクシーの安全性や快適性の基礎は不安定なものといわざるを得ない。そもそも、そのような不合理なタクシーシステムでは成熟した社会の公共交通機関としてタクシーを処遇しているともいえない。
 タクシー労働者の労働条件の改善は、タクシー運転者がタクシーの公共性を自覚し、それにふさわしいタクシーサービスの提供に努力する基盤をつくることになろう。タクシー労働者に社会的水準の労働条件を保障すること、それへの接近のスピードを上げるために必要な施策を断行することが求められる。
 国・行政には、規制緩和後、タクシー車両が増加し需給の不均衡が拡大した結果、賃金の大幅な減少や長時間労働、運転者の高齢化、労働力不足といった労働環境の悪化がもたらされていることへの責任がある。タクシー輸送の安心・安全と働く労働者の職業に対する誇りと働きがいを回復させる施策を躊躇することなく実行する適切な対応が急務となっている。
 タクシー労働者の労働条件を改善し、必要な水準に引き上げるには、地域実情に見合った過剰車両の減車措置と適正な運賃水準の確保が必要不可欠である。
 賃金制度の面では、リース制賃金や累進歩合制度の禁止規定を設けるなどの法的措置を講じることのほか、労働時間の面では「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(厚労省告示)の法制化をはかるべきである。
 一方で、タクシー企業には不毛な増車・運賃値下げ競争を自己規制し、タクシー労働者の労働条件改善にむけてのとりくみを実行する経営が必要となろう。

(2) タクシーの公共性と資質向上の必要性

 タクシーは、鉄道やバスという大量輸送機関を補完する個別輸送機関として、都市交通体系のなかで重要な役割を担う公共輸送機関である。
 それは、今後いっそう重要性を増すことになる。なぜなら、@地球環境問題がますます深刻化するなか、交通体系を私的交通中心のそれから公共交通重視型のそれへと転換していく必要があること、A移動制約者が移動しやすい街づくりが大切にされる時代に入っていること、さらに、B地球温暖化防止、自動車公害根絶の鍵は自動車交通総量の抑制にかかっていること、などからしてタクシーは面交通の主役として大きな役割を果たすことが期待されるからである。
 タクシーは、ドア・ツー・ドア輸送の特性を生かし、移動制約者の移動の自由を保障する最適の個別輸送機関として重要な役割を果たしていかなければならない。さらに、鉄道やバスなどの大量輸送機関のない地域では、マイカーなどを運転できない高齢者らの輸送はタクシーが担うことになり、タクシーの社会的必要性、公共性はますます高まることが予想される。
 いうまでもなく、サービスを提供するタクシー労働者の資質が低ければ安全性や快適性は低下し、資質が向上すれば安全性や快適性は充足していくという関係にある。こうしたなかにあって、タクシーが公共輸送機関としての社会的使命を充分に果たすためには、一定の水準を備えたプロドライバーとしてのタクシー運転者を層として確保することが不可欠である。国・行政には、そのための方策として、タクシー運転免許の法制化を中心とする新しいタクシー改革の実行が強く求められる。

3.地域に密着したタクシーのあり方と地域政策の重点

(1) タクシーと地域社会への貢献

 タクシー企業は、公正な競争を通じて適正利潤を追求するという経済的主体であると同時に、広く社会にとって有用な存在でなければならない。タクシー企業は、公共輸送機関の位置付けに恥じない優れたタクシーサービスを地域に提供することによって、社会の発展に貢献する。さらに、タクシー企業と地域社会が密接に関係していることを再認識した上で、経済、環境、社会の諸側面を総合的に捉えて事業活動を展開し、住みやすい安心・安全な地域社会の構築にとりくむことが求められている。
 しかし残念なことに、規制緩和後、都市部を中心に各地でタクシー車両が急増し、駐停車車両による交通渋滞や騒音、大気汚染など周辺環境への悪影響を引き起こし、社会問題化する事態を招いている。タクシーが第一当事者となった人身事故の増大は、地域住民の安心・安全を奪っている。
 目先の利益のみを優先する事業活動の展開は、結局のところタクシー企業の存立を危うくし、業界全体に対する信頼を大きく損なう。タクシー企業には、地域社会の信頼と共感を得るための経営のあり方が求められるだけでなく、企業の社会的責任(CSR)の観点からのとりくみが望まれる。そのためにも、労働組合の立場からの政策提言とチェック機能の役割が重要である。

(2) 地域政策の視点

 タクシー政策を考える場合、地域に共通して存在している総合的な交通体系のあり方のみにとどまらず、福祉・介護政策のあり方との関係、自治体サービス、住宅や環境保全、住みよい街づくり、地域経済の健全な発展などに貢献する視点をもってとりくむことが重視されなければならない。
 高齢化の進行や福祉充実の課題に対応する新たなタクシーサービスの提供は、大都市(政令指定都市)、中核都市(人口10万人以上)、地方都市・郡部を問わず全国的に追求される必要がある。とくに福祉・介護タクシーの拡大と助成を含む支援措置の充実は必要不可欠である。また、地方都市・郡部では、住民の移動の自由を確保する視点からのタクシー輸送形態を模索する必要がある。この点で、生活交通の確保策としての乗合タクシーの拡大、スクールバス、福祉施設への送迎などタクシーの活躍が期待される分野は多い。
 さらに、大都市・中核都市では、公共交通重視型交通体系への転換との関係でタクシー輸送の特性を生かした役割を積極的に担うことが求められる。タクシー乗り場の増設やバスレーンへの乗り入れなど優先通行権の確立、マイカーの都市部乗り入れ規制などパーク・アンド・ライド方式への転換とタクシーの役割の明確化などのとりくみをいっそう進めていかなければならない。
 タクシー労働者・労働組合の姿勢のあり方もまた、鋭く問われる重要課題である。プロドライバーとして必要な運転技術の向上、接客態度の確立に努めるとともに、移動制約者や高齢者の輸送についてのとりくみ強化をはかることなど仕事を通じての社会的貢献を重視する必要がある。

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